第一軍の作戦計画

「さて、戦の話を始めもうそうか」


 第一軍司令部に戻った黒木は幕僚と師団長その他主だった幹部を集めて会議を始めた。

 会議は緊張感にあふれた物だった。

 敵の数は二万四〇〇〇、味方は現在六万。後方からの移動中の部隊もいるので第一軍の総兵力は一〇万を超える。

 だが全軍集結を待っていては戦機を逃すとして黒木は到着を待たずに攻撃する事にした。

 数的には日本軍が優位だが、川を挟んでおり、敵の目前で強行突破するには敵の五倍の兵力が必要と欧州兵学の常識では謳われており、このまま攻撃すれば大損害を受けることは欧州兵学を学んだ幕僚、指揮官達は理解してる。

 だが、日本の動員状況ではこの兵力が限界だった。

 出来れば更に時間をかけて朝鮮半島に作った鉄道を通じてさらなる兵力集中を行うのが軍事戦略上正しい。

 しかし軍事戦略の上、国家戦略において遅延、それも戦勝の遅延は許されなかった。

 対ロシア戦の為に日本は国家財産の殆どを軍事費に投入した。日清戦争の賠償金の殆どは軍隊の整備費に回された。結果、実戦で使われる戦費、特に海外から物品購入する外貨が著しく足りなかった。

 海外において外債を発行し外貨を手に入れようと高橋是清を派遣し、海援隊も使って販売していた。

 だが小国である日本の信用は薄く、ロシアに叩き潰されるという予想が優勢だったため日本の外債を買う投資家は少なかった。

 旅順での勝利と朝鮮半島の確保で多少良くなっていたが、本格的な陸軍同士の戦闘は未だ無く実力不明というのが帝国陸軍の評価だった。

 だからこそ、本格的な陸戦となる鴨緑江渡河作戦を成功させなければならない。

 それが黒木の与えられた命令であり任務であった。


「おいたちは上流部を中州伝いに渡河しもうす」


 黒木の作戦は単純で上流から回り込み敵軍を包囲する作戦だった。

 下流から九連城を前にした第二師団、その隣に近衛師団、第一二師団、山岳師団と並び、第二師団を中心軸にして上流の部隊が弧を描くように前進。

 全軍が反時計回りに渡河して進みつつロシア軍を包囲する作戦だ。


「第二師団には下流で渡河の振りをして貰いもうす。敵の弾浴びもうすが堪えてほしか」


 陽動作戦として第二師団は下流で渡河を行う振りをして貰い、ロシア軍の注目を集める。


「命令とあればよろしいですが、部隊の損害が許容できません」


 第二師団長は渋い顔をした。

 命令とあらば仕方ないが、損害が出る。しかも緒戦で無視できないくらいの被害が出れば今後の作戦、本番となる満州での戦いに支障が出る。


「安心して欲しいでごわす。クルップ砲は全て支援にまわしもうす」


 開戦直前に緊急輸入されたクルップ社製一二サンチ砲二〇門を帝国陸軍は第一軍に配備しロシア軍砲台を破壊する手を打っていた。


「敵の砲撃をこれで撃破するでごわす」

「それなら何とかなりもうす」


 第二師団長は納得して受け入れた。


「海岸への上陸作戦が行われるという情報は流れちょりますか?」


 黒木は参謀長である藤井少将に尋ねた。


「はい、第二軍の上陸地点が鴨緑江河口という情報を流し、連合艦隊および海援隊に沿岸部を砲撃するよう要請しております」


 陸上兵力の第二陣である第二軍が洋上にいる事を利用して河口部に上陸するとロシア軍に思わせる情報工作を行っていた。

 大軍の乗船は隠すことは出来ない。

 ならば上陸地点を悟られないよう情報戦を行い敵を混乱させるのが常道だ。

 その作戦の一環として鴨緑江の河口に上陸すると偽情報を流している。同時に第一軍の渡河作戦に組み込んでおり、第一軍が支援、河口方面で作戦を行うように偽装していた。


「ロシア軍の一部が上陸作戦に備えて河口へ部隊を移動させております。そのため正面の防備は手薄になっております」


 ロシア側の指揮官ザスリーチ中将はアレクセーエフ総督の情報を受け河口からの上陸に備えていた。

 アレクセーエフの情報だけを信じたのではなく鴨緑江周辺の地形を見て山に囲まれた大河での渡河を大規模な軍隊では行えないと判断していた。

 ザスリーチ中将の油断ではなく、当時の兵学上の常識であり、このような地形に大軍を送り込む指揮官の方が無能だと言えた。

 しかし、その常識をあえて覆そうとしていたのが黒木大将だった。


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