動員と外人部隊

「我が第一軍の動員はどうなっておりもうすか?」

「各連隊に予備大隊および中隊が続々と来ております。しかし、攻撃前ですので入れ替えは混乱の元になるので予備戦力として残しております」


 戦時において必要な戦力を平時から保有しておくのは安心だが、費用がかかり国庫を圧迫する。ことに技術革新が激しいこの時代は開発研究費を確保する必要もあり、最低限に抑えられている。各師団は戦時の定数が二万人だが平時は一万人程度に抑えられており、戦時になった時、予備役を動員して戦時の定数を満たす。

 しかし、対ロシアへの開戦にあたって奇襲を敢行し、迅速に朝鮮半島を確保するために各師団は平時編制のまま半島に投入された。

 平時の定数でもある程度戦えるが十全に実力を発揮するには足りない。

 そこで鯉之助の提案で導入されたのが予備大隊だ。各連隊の拠点に残した留守連隊で予備役を一旦集めた後、中隊編成にして、戦地の後方に設置した補充大隊へ送り、予めプールしておくのだ。

 そして戦場の後方で訓練を終えたら連隊内の予備大隊に送り前線の後ろで更に訓練。それを終えると第一線の第一から第三の大隊に配属され戦闘を行う。

 前線の中隊は、ある程度の期間を過ぎると内地の本拠地、留守連隊に戻り、休養と再編成して再び補充大隊、予備大隊を経て第一線へへ投入されというシステムを作り出した。

 戦争をしながら補充という困難はあったが、柔軟性に優れるため当時参謀総長だった川上操六が導入を決めた。

 そのため第一軍の背後には動員された多数の予備大隊が集まりつつあった。

 前線の兵力は少ないが、後方には補充兵が集まっている。

 後詰めは十分だった。

 むしろ、山間の狭い地域では密集しすぎる。

 少数精鋭で送り込むのが適切だった。


「ならば心配することはありもはん。では皆、頼み申す」

「司令官閣下にお願いしたいことがあります!」


 会議が終わりかけたとき、海援隊の士官服を着た青年が大声で遮った。


「おはんは?」

「外人歩兵第一連隊の金村中佐であります」


 立派な敬礼をして敬意を示したが発言の許可を得ず話し始めた。


「自分たちの配置を聞いておりません」


 許可も無く発言することを周りの将官らは心良く思っていなかった。

 だが、黒木が無言で手で制して発言を許したため、金村は叱責されることなく話し続けた。


「自分たちの連隊にも是非とも攻撃命令を」

「おはんらは、予備として待機を」

「いいえ、最前線への配置を望みます」

「おはんらは十分に戦ってくれもうした」


 外人歩兵は鯉之助の提案を二代前の陸軍参謀総長川上操六大将が実現した外国籍でも入れる日本陸軍正式部隊だった。

 フランス外人部隊に範をとっており、士官下士官は日本国籍だが、兵隊は外国籍だ。前歴を問わないため入隊者は自分の連隊に忠誠を誓い、精強だった。

 元々は海援隊がアジア各地に進出したとき現地人を傭兵として雇い入れたものだったがその中から優秀な物を集めて外人部隊を結成した。

 欧米の最新技術を使うためその技術を習得でき解雇されても潰しがきくし、給料も良く、契約期間を終えれば年金ももらえる海援隊は彼らにとって格好の就職先であった。

 その時の経験やノウハウを日清戦争後の日本陸軍に導入し編成されたのが外人歩兵第一から第五までの各連隊だ。

 日本は徴兵率が低く十分な青年人口を持っていたが、想定される戦域、朝鮮半島や満州での戦闘を考えると、該当地域に地理だけでなく文化風習に詳しく、時に地縁血縁のある人員を手に入れられる部隊は良かった。

 こうして外人歩兵が編成され海援隊から陸軍の指揮下に入った。

 出身別に第一連隊は朝鮮半島、第二連隊は満州、第三連隊は中国、第四連隊は樺太周辺、第五連隊は台湾としている。

 一部は海援隊所属のままだったが、陸軍から離れて半島の鉄道の警備にあたっており、開戦と同時に鉄道の確保を行った。

 開戦一月で鴨緑江へ第一軍が進出し渡河作戦が行えるのも海援隊外人部隊――開戦後陸軍に編入されている外人歩兵第一連隊のお陰だ。

 その過程で大きな損害を受けたことは既に知られており、開戦まで国なし、あぶれた風来坊とみられていた外人部隊への悪評はなくなり、代わってある種の畏敬の念がは向けられていた。

 だから金村の言動は規律に反しているが許されているところがあった。

 特に、戊辰戦争から戦争に参加し続けてきた黒木は金村のような勇敢な士官を好んでおり、発言を許した。


「天下の大一番に参戦できないのは恥です。部下達も思っております」


 熱烈に金村は参加を申し入れた。

 半分近い損害を受けてなお守り切り、命令を果たしたため、損害が回復しないうちに次の戦いに参加させるのは心苦しく、渡河作戦では外人歩兵第一連隊は後方での予備に回そうと黒木達司令部は考えていた。

 しかし、彼らにはそれが我慢ならなかったようだ。


「わかりもうした。では第一二師団右翼にて先陣をきってもらいもうす」

「ありがとうございます」


 金村中佐は攻撃命令を受けて喜んで敬礼し感謝した。


「では、皆、頼み申す」


 黒木はそう言って作戦を開始させた。

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