第二師団 相沢

「敵の砲撃が厳しいです」

「踏ん張りどころだ。締まっていけ」

「はいっ」


 部下を叱咤しつ相沢伍長は部下に見えないところでため息を吐いた。

 農家の三男坊だったため生きていくために陸軍に志願した。

 丁度軍備拡張の時期に当たっており第二師団より第八師団が編成されたばかりで、兵の数が足りず簡単に陸軍に入隊できた。

 下士官の数も足りないため、志願するとすんなり受け入れられ、すぐに昇進していき上等兵に任命された。

 すぐに教導団を拡大した仙台教導学校を卒業し伍長に任命された。

 ただ結構軍隊生活は過酷だった。

 新兵器の導入のために勉強が必要だったし、徴兵期間が一年に短縮されたが、年二回の徴兵の上に師団を常に定数を満たすように改められたため半年に一度新兵が入ってきて指導する必要がある。半年前に入った兵隊が一等兵となり新たに入ってきた二等兵を指導するようにしているが、指導のために伍長である自分の元へやってくるため手は抜けない。

 即応しやすいように下士官の比率を多くし志願兵のみの精強な部隊も編成されていたが、徴兵可能な人員を増やすのと数をそろえるために徴兵も重視されていた。

 兵隊の数が多すぎても仕方ないと思っていたが、上層部、鯉之助と川上操六が考えた平時は下士官を多めにして部隊定数を充足。

 徴兵期間を短くして短期間で予備役兵を増強、戦時には即時動員して新設部隊を作り上げるという方針だった。

 そのため相沢たち下士官は常に新兵の指導にあたることになる。

 忙しいが相沢は淡々と軍務をこなした。

 軍隊で忙しく過ごしたあとは平和に過ごせる。

 あと二年も勤め上げれば、三年ほど楽な大隊か連隊の本部勤務を経て現役から予備役へ編入し連隊を去る。

 予備役編入した後は、下士官優遇政策である公務員への優先的就職を使って何処かの郵便局か鉄道の駅に就職する予定だった。

 だが日露開戦で変わった。

 すぐに相沢の第二師団には動員がかかり、所属する第四連隊は出征して出来たばかりの国鉄が用意した特別列車に乗り込むと乗り換えなしに下関に到着。

 待機していた客船に乗り込み朝鮮半島の釜山に上陸。

 再び鉄道に乗り込んで北上し鴨緑江に着いた。

 船に直接列車を載せられる鉄道連絡船で行きたかったが、貨物と物資輸送優先。

 軍の上層部は脚が無くて動けない貨物を貨車に乗せたまま船に乗せたいので、自ら歩ける歩兵は自分の脚で船に乗り込めとのことだ。

 鴨緑江に着くとすぐさま防御陣地を作り、敵の攻撃に備えた。

 土仕事が嫌で軍隊に入ったのだったが、結局畑より深い穴を掘ることになった。

 だがそのおかげでロシアの砲撃で命を奪われることなく助かっている。


「敵が銃撃してきている。撃ち返せ」


 銃撃が加わってきて撃ち返すように命じた。

 川を挟んで対岸にいるため突撃される心配は無い。

 だが、撃たれっぱなしは士気に関わる。撃ち返すことで攻撃していると兵士に思わせる必要がある。

 しかし、劣勢だ。

 砲兵が砲撃しているが後方の砲兵陣地だ。手前の陣地は撃っていない。

 同士討ちの危険もあるためだが、敵の抵抗が減少しないのは都合が悪い。

 敵の抵抗が少なくなって優勢だあるという実感を与えたいしそうなって欲しい。


「ぐはっ」


 一人負傷した、他にも何人かけが人が出ているかもしれないし、この状況が続けば確実に増える。

 出来れば敵の抵抗が減って欲しい。

 その時激しい爆発が敵の陣地で起こった。


「味方の迫撃砲だ」


 最近配備された新型の大砲だ。

 地面に透け付けて反動を吸収させることで駐退機をなくし砲兵でも持ち運べるようになっている。射程は短いが歩兵の交戦距離で火力が、中隊独自の火力を持てるのは良い。

 わざわざ砲兵の応援を頼むまでもなく火力を発揮できる――ただでさえ砲兵支援は要請されているし砲兵は砲兵で相手の砲兵を潰す必要があるためめったに無い。あっとしても正面が非常に厳しい敵ということだ。

 自分たちの出来る範囲で何とか出来ることが増えるのは良いことだ。

 嬉しいことに敵の攻撃は多少鈍った。しかし、敵は攻撃を止めない。


「工兵を援護する。撃ちまくれ」

「はい」


 架橋作業中の工兵を援護しろというのが命令だが、それは表向きだ。

 敵を第二師団に引きつけて他の師団が上流で渡河させるのが作戦であり、第二師団は囮だ。

 貧乏くじだが、悪い状況では無い。敵は対応可能だし、部下の損害も少ない。


「耐えきれよ」


 相沢は、部下に念じるように言った。

 そして部下は、いや第二師団は耐えきった。

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