満鉄誕生
児玉は、自宅に帰るとすぐに書斎に籠もりきりになり、ひたすら満鉄の約款、その草稿と他国の株式会社の仕組みを見ながら、書き始めた。
「株主とその総会は会社の最高意志決定機関じゃ。方針はここで決める。じゃが、細かな経営まで口出ししてはならない。細かい事まで指示していたら総会を続けねばならん。ここは軍隊の総司令官と各軍の司令官と同じじゃ。総裁や理事の任命だけに限定し、任命した総裁と理事に委任する形にする」
児玉は、日が暮れても、灯りを付けて机の前に座り続け、書き続けた。
「よし、出来たぞ」
ようやく新たな約款を書き上げたのは夜明け前になってからだ。
「これで後藤さんも満足するだろう」
自画自賛ながら、児玉は満足出来る内容に満面の笑みを浮かべた。
「後藤さんが就任してくれれば安心じゃ」
そう言って児玉は満足すると床に入り短い仮眠をとろうとした。
起きたらすぐに後藤の元へ向かい、作った約款を元に就任を依頼するつもりだった。
だが、児玉は永遠に起きる事は無かった。
就寝中、脳溢血を起こし、そのまま死去した。
享年五五歳。
突然の日露戦争功労者、いや帝国陸軍を作り上げた男の死に日本中が驚いた。
まだ五十代と若く、今後十年は日本の中枢で活躍し、いずれ陸軍大臣、総理大臣へと上り詰めると期待されていただけに惜しむ声が多かった。
「閣下が亡くなった?」
児玉の死に合ったばかりだった後藤も驚きの声を上げた。
「はい」
後藤に児玉の死を伝えに来た鯉之助は、頷いた。
「実は、児玉閣下の机の上にこのような物が」
鯉之助が差し出したのは児玉が書いた満州鉄道の約款だった。
株主総会が決定権を持つが、その内容は人事と財務、監査に限られており、詳細な経営への干渉は厳禁としていた。
そして総裁の権限を強くし、株主であっても圧力を掛けにくくしていた。
「後藤さんの為に徹夜で書いていたそうです。どうか引き受けていただけませんか?」
鯉之助も後藤の恩人だ。
衛生部局に勤めていた時、疑獄事件が起こり、後藤が疑われた。
その時後藤を庇った上、台湾に逃がしてくれたのが鯉之助だ。
そして、台湾での衛生環境改善と産業近代化を進め、日本政府が領有するようになってからの産業基盤を作り上げた。
それだけの恩があった。
「分かりました。総裁就任の件、引き受けます」
「ありがとうございます」
満鉄が成功するかどうかが、今後の日本の発展の鍵になる。
戦争で財源が枯渇している日本政府にとって、そして満鉄の配当金をアテにしている遺族のためにも経営を成功しなければならない。
最適任者である後藤が就任してくれるのなら願ってもないことだ。
「児玉閣下の弔いとなりますね」
「そんな感傷的な事ではありません」
「と、おっしゃりますと?」
「私が就任するのは児玉閣下の約款が、満鉄が素晴らしいからです。感傷で安請け合いするようでは閣下が書き上げたこの約款に、失礼です」
「……失礼いたしました」
鯉之助は頭を下げたが、内心喜んでいた。
後藤が総裁として満鉄を引き受けてくれたことに安心した。
もとより、満鉄に関しては後藤に全てを任せるつもりだった。
政府からの干渉をできる限り排除するのが鯉之助の役目でもあった。
「これで何とかなった」
後藤の家をあとにした鯉之助は満ち足りていた。
最大の懸念だった満鉄総裁人事が決着したのだ。
満鉄の経営は保証されたようなものだし、安達、大慶の油田が加われば更に発展する事も可能だ。
実際、満州地下開発という会社を作り、安達、大慶周辺と渤海周辺でアメリカから輸入した機材を使い、大規模なボーリング調査を行わせる事にしている。
この会社は、満鉄と海援隊、日本政府が出資しており外資は入れていない。
つまり発見した石油は全て日本の物になるのだ。
「これで日本は安定するな。だがお隣はどうなっているかな」
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