満鉄総裁への就任要請
「お久しぶりです閣下」
突然、自宅に訪問してきた児玉を後藤新平は頭を下げて迎え入れた。
「そんなに畏まらなくてもいいですよ後藤さん」
二人は台湾総督府時代、総督と民政長官としてコンビを組んで台湾の統治にあたっていた。
台湾出兵で海援隊が統治していた事もあったが、躍進できたのは二人の行政能力が卓越していたからだ。
サトウキビの栽培、近代的な港湾を整備し台湾を南北に貫く鉄道を結びつけることで物流を改善。
これにより台湾の近代化を達成し、日本に大きな黒字をもたらしたのは二人の功績だった。
児玉が、現在の地位にいるのも後藤を抜擢した部分が大きいし、後藤が政治家として躍進できたのも児玉の抜擢があってこそだ。
上司と部下でありながら二人は互いに、高め合う関係であった。
「一つ、頼みがあってまいりました」
客間に通された児玉は、単刀直入に話を切り出した。
「今度出来る満州鉄道の総裁に就任して貰いたい」
資本金一九億、路線長一五〇〇キロ以上。
中国および朝鮮、そしてロシアの鉄道と相互乗り入れをする重要な会社だ。
欧米諸国も資本参加する。
凡百の役人や政治家では、初期の舵取りなど無理だ。
政治、経済のみならず鉄道は勿論、行政に詳しい人間が、それも国家レベルで実績を上げた人間が必要だ。
児玉には後藤以外、適任者が思い浮かばず、真っ先に声を掛けた。
「お断りいたします」
しかし、後藤は首を縦には振らなかった。
「何故ですか」
「残念ながら、満州鉄道の総裁は政治的な縛りが多すぎます。何をするにも日本政府の許可が必要になります。また、駐留部隊からも文句が来るでしょう。軍隊輸送のために列車を用意するのはまだしも軍事施設を避けろ、移動のために新たな路線を敷設しろ、しかし金は出さない。横から上から口を出されれば、とても経営など出来ません」
軍事と鉄道は切っても切り離せないし、偏見も多い。
当初東海道線は内陸部とを走る予定だったが軍隊が要地提供を拒否したため、急遽高輪築堤を建設し、海の上を走る事になった。
他にも沿岸部で収入が見込める東海道本線を作ろうとすると艦砲射撃に弱いので中央本線の建設を進めよ、と陸軍が横やりを入れてきた。
幸い、坂本龍馬の口利きなどもあり、当初の計画通り開通し、東海道本線はドル箱となり、安定した収入を得ている。
しかし、満鉄でも同じ事が、軍隊の横やりが入りかねない。
特に日露戦争で血を流して得た利権だけに、口を出したがるだろう。
経営的な、論理的な考えからではなくタダ自分たちの為に使おうとするだけの意見など害悪でしかない。
しかも、失敗しても責任は取らず、失敗は鉄道側に押しつける。
「自分の能力が劣っているのなら非難も責任も受け入れます。しかし、口出しして失敗するのは到底我慢できません」
「……分かりました」
後藤の言葉に児玉は黙って頭を下げ、席を立った。
「また、後日訪れます」
それだけ言い残すと児玉は後藤の家をあとにした。
「失礼ではありませんか」
「いや、後藤さんの言うことももっともだ」
副官の憤りを児玉は宥める。
だが後藤の懸念も当たっている。
日本政府が四分の一、更に海援隊と国内の有力企業が株を持ち、満鉄の経営権を持っている。
遺族年金などとして一部は国民に渡るが持ち株会は日本政府が支配する。
事実上、日本の国策会社だ。
清国にも一億円分を販売する予定だったが、満州支配を良しとしない清国政府は購入を拒否。
この一億円分も日本政府が代わりに購入あるいは販売する。
事実上、日本政府が保有する会社だ。
更に大株主になるであろうアメリカやイギリス、フランスを相手に経営、説明責任を果たしつつ事業を推進しなければならない。
しかも、日本政府から有形無形の圧力が加わる事が予想される。
このような状態では、手錠を嵌められ、足かせに重りを付けたまま海に投げ落とされるようなものだ。
「どうなさるのですか」
「古の中国では、琴の名手を王が招いた時、礼節を保ち、演奏しやすい環境をつくったとされる。その故事に習い、後藤さんが活躍できる環境を整えよう」
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