作戦準備

「第一軍より作戦は予定通り遂行するという通信が入りました」

「そうか」


 沙織から報告を受けた鯉之助は頷いた。

 大韓帝国と日韓議定書を締結し、朝鮮半島全域に軍の展開を終えた日本軍は、ロシア軍を満州から追い出すべく、半島から大陸へ進軍する第二段階に入る。

 既に半島に上陸し北上を続けた第一軍は大韓帝国と清の国境である鴨緑江に到達。ここを渡河して満州に進行する予定だ。

 さらに開戦後の動員によって戦時編成となった第二軍三個師団が遼東半島先端近くの塩大墺へ上陸作戦を決行する。

 上陸地点をごまかすために鴨緑江河口への上陸を行うという偽情報を流しているが、上手くいっている。

 それにこの偽情報は第一軍の渡河作戦にも役に立つはずだった。


「心配ですか?」

「ああ、国債の売れ行きにも関わるからな」


 外貨の少ない日本は戦争遂行のためにも、ロシアとの戦いで勝てることを証明するため是非ともここで勝利を収める必要があった。

 ロシア太平洋艦隊を撃破していたが、開戦による奇襲によるものという眼鏡で見られている。

 陸軍国であるロシアに本格的な陸戦で勝てるという証明を見せなければ、日本が勝てるとは思われない。負けると思われたら国債は売れず外貨に困る日本は海外から戦争の必需品が購入できない。


「ご友人もでしょう」

「ああもちろんだ」


 参謀長である沙織の言葉に鯉之助は心情を吐露した。

 第一軍に配属された山岳師団には多数の友人がいる。

 日本にやってきて樺太開拓が一段落した頃、鯉之助は父の招きにより東京で暮らしていた。

 だが、都会の空気に馴染めず日光、中禅寺湖近辺で暮らす事になった。

 そこで鯉之助は夏に近所のサトウさんに登山を教わり、近隣の男体山や白根山、皇海山に登った。

 海援隊がイギリスに資金と技術援助を行い建造させ購入した新型戦艦の名前に皇海、白根の名前を付けたのは、この時の思い出からだ。

 登山は近隣の子供達や、海援隊幹部の子息達にも広がり、日本山岳会を結成するに至った。

 その山岳会員の高い登攀技術を見込んで帝国軍は彼等を中心に山岳師団を創設。

 山がちな朝鮮半島及び満州南東部を走破するのが彼等の任務だ。


「支援砲撃を行う艦隊の準備は出来ているか?」

「はい、すでに展開済みです」

「第二軍の用意は出来ているか?」

「はい、すでに進撃を再開し、予定海域に到達しつつあります」

「こちらも上手くいってくれると良いんだが」

「はい、ああ、それと総帥から直ちに出頭命令が出ております」

「どこにいるんだ」


 旅順の監視のために、それどころではない。

 だが、あの父親、坂本龍馬は呼び出しを受けてすぐに向かわないと、龍馬自身がここに来てしまう。


「仁川沖のいろは丸です」

「すぐ近くにいるんだな」


 火の粉が降りかかる程度が戦場で商売をするのにちょうど良い、という言葉を忠実に実行している。

「何の用か分かるか?」

「不明です」

「仕方ない、向かうしかないか」




「第一義勇艦隊司令長官参りました」

「おう、よく来たのお」


 元気よく龍馬は息子を迎えた。


「早速活躍しているそうじゃのう」

「いえ、まだまだです。戦争が終わらなければ無意味です」

「ふむ、そうじゃのう」

「じゃから少し、活躍してもらいたい」

「どういうことですか?」

「大韓帝国で晩餐会が開かれる。そこに出席して欲しいんじゃけん」

「行っても意味がないのでは?」

「いやいや、大韓帝国が日本の勢力下にあることを示すためのものじゃ。諸外国に示すには必要じゃ」

「なるほど、広報活動ですか」


 宣伝戦は必要だ。

 諸外国にイメージ、日本が優勢であるというイメージを植え付けるために、朝鮮半島が日本の勢力下であることを示すためにも必要だった。


「それと、頼みがあるんじゃ」

「何でしょう」

「観戦武官のエスコートを頼む」


 観戦武官とは交戦国の許可を得て第三国の戦争を観戦し自国へ報告し軍事研究を発展させるために派遣される武官の事である。

 起源ははっきりしないがヨーロッパでは個人の伝で司令部などに出入りしていた事が、一九世紀中頃から制度化されたと推測されている。

 ただ、戦争の規模が拡大するにいたり、一人の士官では全てを見る事が出来なくなったため二〇世紀中頃からは少なくなり、自然消滅している。


「普通は海軍か陸軍が受け入れるはずでしょう」


 軍隊組織ではあるが半官半民の海援隊は日本帝国軍の補助組織と見られている。

 外国の正規軍は対等な相手としては見られていない。

 一応、国際法上は対等に扱われるが、内心では一つ下に見られている。

 勿論最新の武器や装備を保持しており、実戦での活用で注目されている。

 だが伝統を重んじる諸外国からは海援隊はあまり、よく見られていない。


「いや、先方から依頼があってのう」

「誰です。そんな物好きは?」


 自分で言ってアレだが、鯉之助も同様の評価を海援隊に下している。

 逆にさほど評価されていないので派手に動き回る、軍隊にあるまじき金稼ぎという行為や投資、開拓などという活動を大っぴらに行えるのだ。

 そんな組織に来る人間など物好きでしかない。

 鯉之助は相手の名簿を見せられて目を大きく広げた。


「本当ですか」

「ああ、その通りじゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る