大韓帝国晩餐会

 背が低くて顔色が悪く平凡。落ち着きがなく両手を引きつらせいる。

 それでも居住まいや物腰は多少威厳があり、それでいて愛想が良く、生来の人の良さを冠いる。

 心優しく温和だが、性格が弱いようで人の言いなりでしょっちゅう側近から助言を受けて、その通りにしている。

 性格的な強さと知性があれば名君になれたかもしれないが意志薄弱なのが致命的だ。

イザベラ・バードの旅行記の一節とぴったり一致する人物だった。

 妻を殺され、今また日本帝国の支配下に入った男の姿を見て改めて思う。

 大韓帝国の高官達も似たような人物ばかりだ。

 ソウルの中心にある慶運宮の主であり、その一隅で行われる今夜の晩餐の主役でありながら、影が薄い。

 対して、日本側の出席者は堂々としたものだった。

 開国以来、諸外国に負けぬよう努力し、いま国運をかけてロシアに宣戦布告しただけに実力と裏打ちされた威厳を身につけている。


「何か問題でもありますか?」

「いえ、大丈夫です」


 ホスト役の才谷鯉之助海援隊中将に声をかけられて、アメリカからの観戦武官は努めて平静に答えた。

 日本人に比べても浅黒い肌を持つ、ハワイ出身のハーフ。

 海援隊、海龍商会を世界的な規模に広げた人物であり、ゲストである観戦武官は笑って答えた。


「私も本国からできるだけ日本の支援を行うように指示を受けております」

「ルーズベルト大統領の宣言には我々も力づけられています」


 鯉之助の言葉は嘘では無かった。

 開戦後にセオドア・ルーズベルトが発した「余は直ちに日本に加担し、長期間に渡ったとしても日本のために尽くすであろう」には助けられている。

 特にドイツ・フランスの大使相手に言ったために、この二国の参戦は抑えられた。

 お陰で米国での外債の発売も行えた。売れ行きは悪いが、販売できないよりマシだ。

 勿論、善意から行われるほど、米国もルーズベルトもお人好しではない。

 自分の利益にならないことはしない。

 植民地獲得競争で遅れをとった米国にとって、中国は未開拓の巨大な市場だ。

 巨大な工業国に成りつつあるが度重なる不況で、国内市場が冷え込んでいる米国にとって販売先獲得は絶対に必要だった。

 しかし、巨大なロシアが南下してくれば、その市場は奪われてしまう。

 日本に加担したのは、ロシアの進出を遅らせるため、出来れば進出を挫折させるためだ。

 フィリピン独立戦争で敗北し、支持率が下がっているルーズベルトとしても、ここで日本に勝って貰い、中国の市場を開放して貰うことが再選のアピールになる。

 だから、鯉之助は米国に対して様々なルートで米国製品を買っていたし、戦後の利権、満州及び朝鮮の開発への投資と技術援助を求めていた。

 同時に日本国内への米国企業工場移転を依頼している。

 中国市場を開拓するには米国の協力が必要不可欠だと考えての事だ。

 観戦武官でも一国を代表する立場であり、事実上のセールスマンだ。

 だから鯉之助は前にいる観戦武官に階級が下――工兵大尉だとしても応対していた。


「貴国の経済状況が悪いことは知っています」

「ええ、フィリピンが独立しましたから」


 1890年フロンティアの消滅により西部開拓時代が終焉を迎えようとしたため、アメリカは更なるフロンティア――海のフロンティアを求め太平洋への進出を始めた。

 アメリカ人達は海を通じて各地へ進出していくことになる。

 その中でハワイ王国に農場を持っていたアメリカ人によるハワイ革命が起こった。

 これは当時の大統領クリーブランドの反対と海援隊の活躍により失敗し、ハワイ王国は存続した。

 しかし、そのあとの大統領マッキンレーは海へのフロンティアを強力に進めた。

 保護貿易を行い関税率を五七パーセントに上げて外国製品を閉め出し、対外的には米西戦争を行い旧スペインの植民地を獲得する帝国主義的な政策を推し進めた。

 勿論、民主党や米比戦争を機に結成されたアメリカ反帝国主義連盟などの反対派もいたが、1900年の選挙で再選されたとおり国民の多くはマッキンリーの政策と実績――大不況の克服と米西戦争の勝利を理由に支持していた。

 だが米比戦争が状況を悪化させた。

 米西戦争でフィリピンの独立勢力を支援したアメリカだったが、パリ条約でフィリピンをスペインから買収してからは独立派の武装蜂起が起きて内乱状態になった。

 米軍は直ちに増援を派遣して鎮圧行動に出た。

 だが、派遣された将軍三〇名の内二五名がインディアン戦争に参加しており、その多くが虐殺行為に加担していた。

 彼らはフィリピンでも同じように虐殺行為を行い、十万人のフィリピン人が米軍によって虐殺されたとされている。

 そのため、アメリカは国際的な非難を浴びた。

 暴徒の鎮圧行為であると強硬にマッキンレーが撥ね除けたたため、各国は反発。特にアジア独立を目指す海援隊の資金、物資、人員の援助があり米軍は苦戦し徐々に損害を増やして行く。

 戦費増大も問題になりアメリカ国内でもアメリカ反帝国主義連盟を中心に米比戦争への反対が広がっていた。

 だが、拡大主義を信奉するマッキンリーは戦争を続行。大統領選で勝利したこともあり、フィリピンへの攻撃は続いた。

 しかし、直後にマッキンリーは暗殺。

 大統領に昇格したセオドア・ルーズベルトは戦争の勝利が見えないことからフィリピンの独立を認め米軍の撤退を決定。

 フィリピンは独立し、アメリカの赤字は解消されつつあったが累積した戦費とその後始末のためアメリカ国内は経済的にはともかく政治的に混乱している。

 ここで日本に肩入れして日本と共同で利益を得るのがアメリカの国益であるとされていた。

 そのことはゲストである観戦武官も知っているが、それ故に心中は複雑だった。


「気分が悪いようようなら控え室に戻りますか? ダグラス・マッカーサー工兵大尉」

「いえ、大丈夫です」


 米国観戦武官ダグラス・マッカーサー工兵大尉は返事をした。

 父親の仇である海援隊の幹部への殺意を気取られないように笑顔の仮面を貼り付けた。

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