世界における日本の評価

 日本が勝てるかどうか。

 そう思うマーカスの不安はもっともだった。

 これまで日本は旅順でロシア太平洋艦隊を撃破し朝鮮半島へ上陸して大韓帝国の支配権を確定した。

 だが、これは開戦初頭の奇襲によるものでありロシアが本気になれば、日本は潰されるのではないかという考えが世界、特にヨーロッパでは強かった。

 特に本格的な陸戦はまだ日露間では起こっていない。

 陸軍国であるロシアに新興国の日本は勝てないというのがもっぱらの予想だった。


「心配性だね」

「不渡りにされても困るからね。特に戦時国債の発行が遅れているだろう」


 日本が敗北するという予想から、日本は戦費をまかなうために海外で販売していた国債の売れ行きが悪い。

 戦争を遂行するには金、後進国である日本は国産でまかなえない外国の物品を調達するのに外貨が必要にも関わらずだ。

 今話していた蘭印の石油などイギリスポンドなどの外貨でなければ一滴たりとも売ってくれやしない。

 海援隊は新潟や秋田、樺太、アラスカで採掘しているが十分な量を確保できる保証はない。

 だから石油を得るために、なんとしても国債で外貨を手に入れる必要があった。

 政府の戦費見積もりは四億五千万円、そのうち三分の一が海外への支払いに必要と計算されており一億五千万円分を外貨で調達する必要がある。

 その目処が立っていない。

 しかも実際には三〇億の戦費がかかると予想されており同じ比率で行けば、一〇億円の外債が必要になる。

 今のところは海援隊の海外株式の配当金でどうにか賄っているが何時までも余裕があるわけではない。

 海援隊の海外証券部門が政府の日銀副総裁高橋是清と共に発行額一億円、期間十年据え置き最長四五年、金利五パーセント以下で販売しているが、日本不利という予想を覆すには至らず、売れ行きは悪かった。

 初回に計画されていた一千万ポンドは買い手がついていない。

 額面一〇〇ポンドを九三.五ポンドに値下げして関税収入を抵当に充てた上に、当初の金利より高い六パーセント、しかも額面より割り引いて発行しているため実質金利七パーセントと言う条件で売ろうとしていた。

 ようやく投資家から注目されてきたが、金利の上昇、後々の支払いを考えるとやめてほしい。


「勝利できるという証明がほしい」


 日本の戦時国債が紙くずにならないという保証、小国日本が大国ロシア、それも陸軍国に勝てるという証明――陸戦での勝利が日本には必要だった。

 何より日本にとって好条件――低金利で売る必要があった。

 高金利で売ると、たとえ勝って賠償金を得ても金利支払いでプラマイゼロ、どころか利子を払うために赤字になって仕舞う恐れがある。


「大丈夫です。まもなく勝てることが証明されるでしょう。近々作戦が行われますから」


 鯉之助はにんまりと笑って伝えた。


「確か両軍共に兵力集中をしているそうですね」


 日本軍は朝鮮半島を確保していたが、その根元はロシア軍が抑えていた。

 特に半島を分断する山脈の東端、唯一満州への入り口となり得る鴨緑江にはロシア軍が集まり、日本軍の行く手を阻んでいた。


「守り切れるでしょうか」


 朝鮮半島の安全を図るためにはここでロシア軍を阻止すればよい。

 なのでマーカスは日本軍は鴨緑江で防御を固めると考えていた。


「いや、攻め取る」


 だから鯉之助の言葉にマーカスは目を丸くした。


「無茶な。兵力は不十分だろう」


 開戦前から敷設して整備していた朝鮮半島の鉄道を利用して日本軍は約五万人の軍隊を開戦して一ヶ月で鴨緑江に集結させなお増強中だ

 しかし、ロシア軍も鴨緑江に二万五〇〇〇の軍隊を配備している。

 数的には日本軍が有利だが、敵前渡河を成功させる――許容範囲の損害に収めるには相手の五倍の兵力が必要とされるため、倍程度では勝てるだろうが相手より大きな損害を受けて仕舞うと考えられている。

 だから、日本軍は防御に有利な鴨緑江で守備に入ると考えていた。

 渡河どころか半島の安全のために満州を制圧するなど誇大妄想に思えた。


「大丈夫成功するよ」

「まあ、成功したらこの上ない宣伝になるよ」


 ロシアに勝ったならこの上ない宣伝になる。

 それも敵前渡河という困難な作戦を倍程度の少ない兵力で成功させれば、衝撃的なニュースになるだろう。

 確かに国債の売れ行きはよくなるだろう。

 成功すれば、の話だがマーカスは心が躍った。

 あのロシアに土をつけるのが目の前の知り合いというのはなかなかよいものだ


「いずれにしろヤールー、――鴨緑江での戦いが今後を決めるだろうね」

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