無線傍受計画
「馬鹿な……」
戦争を長引かせる事、損害が大きくなるのを避けるのがクロパトキンの目論見でありゲオルギーとの共通見解だ。
積極交戦派のアレクセーエフ極東総督や皇帝ニコライ二世は仕方ないが、ゲオルギーまで攻撃せよと言われてはクロパトキンは絶望しかなかった。
「……だが、これは本当に殿下の書かれたものか?」
ゲオルギーは疑問に思った。これまでのゲオルギーの言動と無線文の内容は大きく違う。
「すぐに確認の電信を取るんだ。無線ではなく有線電信でだ」
「無線なら繋がりますが」
「気になることがある。暫くは無線の使用は禁止だ。第二軍と第三軍にも進撃は抑えるように伝えろ。無線ではなく伝令を赴かせて、伝えよ」
すぐにクロパトキンの命令は実行されたが、効果は発揮しなかった。
幾つもの中継を挟む電信は届くのも返信も時間が掛かる。
そして第二軍と第三軍は日本軍を侮り、前進を続けていた。
ただ、クロパトキンの第一軍だけが営口を前に停止していた。
「流石に引っかからなかったな」
クロパトキンの第一軍が動いていないという報告を聞いて鯉之助は肩を落とした。
「まあ、バレるとは思っていたしね」
ゲオルギーの名前を出して進撃させようとしたがクロパトキンには効かなかった。
先ほど出した無線文は鯉之助が渤海に配備した指揮通信艦――旧式の貨物船に大型発電機を積み込み、無線アンテナを張り巡らせた無線通信に特化させた艦だ。
ロシア軍の通信に紛れ込み、偽の電文を発信させていた。
「まあ、ロシア軍の配置はかなり掴めたし十分目的は果たせた。連中に無線を渡した甲斐があったよ」
中波無線機がロシア軍の手に渡るよう、鯉之助は色々と仕組んでいた。
わざとウラジオストック近海で座礁させて鹵獲させたのもその一環だし、ロシアのスパイに中波無線の製造方法や使用マニュアルを流して使えるようにいた。
ここまでしたのは万が一、戦争が更に続くことを考えての事だ。
史実では日露戦争はポーツマスで終わり。
この後は鯉之助のメタ知識が役に立たなくなる。
戦争がそのまま終われば言うことはないが、講和交渉が失敗して戦争が続いた時、ロシア軍の動きを掴めなくなる。
スパイ網は張り巡らしているが出来るだけ情報を収集する手段が、それも海援隊が鯉之助が独自に収集出来る手段が欲しかった。
そこで、中波無線をロシア軍に渡すことを考えた。
中波無線ならば、遠距離通信が可能だ。
だが、遠くに届くため敵にも所在が分かってしまう。
これを鯉之助は逆用する事にした。
ロシア軍に使わせ、通信内容を傍受する。
勿論、ロシア軍も暗号を使う可能性が高い。
だが、ロシア軍内の暗号技術者は少なく、史実でも第一次大戦まで平文で交信していた――これが第一次大戦緒戦のタンネンベルク会戦でロシアが大敗北する原因の一つとなった。
実際、ロシア軍の暗号化は行われて居らず、鯉之助はロシア軍の内部情報を得ることに成功していた。
また解読出来なくても無線の発信位置から司令部の位置、ロシア軍の位置を把握することが可能になると考えており、ロシア軍の動きを完全に把握していた。
「これで連中の話は筒抜けだ」
鯉之助としては、傍受技術を発展させ情報戦を制したい。
なので今後は中波無線を海外に売り出す予定だ。
英国は警戒するだろうが、使わざるをえないだろう。
無線の遠距離通信能力、ケーブルを引かずに遠隔地と通信するなど、世界中に植民地を持つ英国にとって、垂涎の技術だ。
フランスやドイツも植民地間との通信に必要だから使うだろう。
海底ケーブルはデンマークの会社、それも英国資本が入っており解読されるのは勿論だが、意図的な遅延も行われる可能性があり、直接通信の方法を得たがっているはず。
そして中波で流れる通信を海援隊が傍受して、活用する――史実において第二次大戦後に作られたNSAのエシュロンシステムを明治日本から作り上げるのが鯉之助の目的だ。
残念ながら技術の限界、情報処理システムが未熟なため、全世界規模で傍受を行おうとしたら人海戦術で行う必要があるし技術者の育成も必要だ。
だが対ロシア戦限定なら十分に使える。
ロシア軍の配置は既に把握している。
「出来れば、営口のクロパトキンには防御陣地へ無謀な突撃を繰り返して貰って消耗して欲しかったが、流石名将。ビルデルリングのように無駄な戦いはしないか」
クロパトキンが巷で言われているような無能ではないことを鯉之助はあらためて確認し警戒する。
だが作戦は続行する。
「他のロシア軍の状況は?」
「ロシア第二軍は奥大将の第二軍の遅滞戦闘で遅れ気味。ロシア第三軍は現在、南山において攻撃を開始。突破されてはいないわ」
沙織は集まった情報を纏めて報告する。
南山は、開戦劈頭、旅順への進軍を目標に第二軍が攻撃した場所だ。
その時は大損害を受けたが、海兵師団の後方上陸作戦により守備陣地の孤立化と背後からの攻撃に成功。
大勝利を収めた。
だがロシア海軍が壊滅したロシア軍に同じ事は出来ない。
十万もの大軍を乗せられる商船団などないし、援護の艦砲射撃を行える艦隊は沈むか捕獲されている。
せいぜい、防御が厳重な日本軍陣地に対して正面攻撃を繰り広げ、陣地前に死山血河を作って貰うとしよう。
野戦築城でも膨大な血が流れることは、史実でもこの世界でも変わらない。
可能な限りロシア軍に出血を強いる。
このあとの展開が楽になるようにするために。
「これで、ロシア軍は簡単には後退出来なくなった。では、反撃作戦E作戦開始といこうか」
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