クロパトキンの目論見
通信不能と報告を聞いてクロパトキンは通信兵に尋ねた。
「雑音が多く、サンクトペテロブルク方面からの受信が出来ません」
「故障か?」
「分かりません。気象状況が悪く、電波が伝わりにくいのかもしれません。何分新兵器で何が起きるのか分かりません。あ、応答がありました」
すぐに通信兵は応答された通信を書き取り報告する。
「リネウィッチ大将の作戦計画を良しとする。第三軍は旅順へ向けて進撃を続けよ。旅順はロシアに必要不可欠な港なり、また山海関の利権を得るためにも第二軍の進撃は続行。第一軍は営口を必ず占領するべし。極東総督アレクセーエフ」
「なんということだ」
これでロシア満州軍は日本軍の奇襲上陸の危険のある沿岸部へ行かなければならなくなった。
下手をすれば後方を遮断され、退却出来ず包囲殲滅されてしまう。
禄でもない通信ばかり入り、クロパトキンはウンザリする。
「いかがなされますか。命令では我らは営口を攻撃しなければなりませんが」
幕僚も理解しておりクロパトキンに窺いを立てる。
「命令通り、攻撃の準備だ。大砲を並べろ。ああ、ゆっくりで良いぞ」
「宜しいのですか?」
ゆっくりと言うことは、サボタージュだ。
命令を故意に遅延させる軍規違反であり軍法会議もあり得る。
しかしクロパトキンは構わなかった。
「碌に補給が来ない。鉄道が復旧してから攻撃を行わないとだめだ。攻城戦の準備が出来ていないと先の第三軍や旅順の日本軍と同様大損害を受けることになるぞ」
大砲を用意せず歩兵強襲だけで済ませようとした第三軍の様に大損害を受けるだけとなる。そんな事はクロパトキンは勘弁願いたいと思っていた。
それにこのままだと味方が各個撃破されてしまう。
「ゆっくり進撃しろ。大砲を運び込めるように鉄道線を復旧させるんだ。一応営口から日本軍が出撃してきても迎撃出来るよう塹壕を掘らせ、防御陣地を構築させておくんだ。それと営口は包囲にとどめいつでも移動出来るようにする」
「宜しいのですか」
営口攻略が命令だ。
なのに余所へ行こうとする準備をするなど命令違反に近い。
「朝鮮半島から日本軍がやってくる可能性が高い。それに第二軍と第三軍の間にいるのは我々のみだ。どちらかが日本軍の反撃を受け、救援に駆けつけられないのであれば、我々の存在は無意味だ」
渤海を挟んでロシア軍は南北に別れようとしている。これは典型的な分断であり、どちらかの軍が海から背後に上陸され攻撃を受けて、各個撃破されかねない。
いや、奉天方面へ朝鮮半島方面へ日本軍の反攻があるかもしれない。
その時、対応出来る軍がいなければロシア満州軍は日本軍に包囲殲滅されてしまう。
だからこそ、クロパトキンは自分の第一軍がいつでも何処にでも動けるようにしておきたかった。
丁度、営口という山海関だろうが旅順だろうが奉天だろうが駆けつけられる位置にいる。
命令違反だとしても反撃してきた日本軍の前へ移動して迎撃し、味方の退路を確保してやれるようにしておきたかった。
「どのような状況になろうと、我々は壊滅しないよう行動しなければならなないのだ。どちらにも動けるようにもして味方の救援に駆けつけられるようにしろ」
日本軍とは交戦せず、待機し、日本軍の反撃に対応しよう、というのがクロパトキンの目論見だった。
上手くいけば、包囲にやって来た日本軍に打撃を与えられるかもしれない。
だがクロパトキンの作戦、目論見を揺るがす自体が起きた。
「サンクトペテロブルクより通信です! 日本との講和交渉を優位に進めるため、満州軍は前進、占領地域拡大を積極的に行うべし。クロパトキンは営口を大損害が出ようとも近日中に占領せよ」
とアレクセーエフ極東総督、ニコライ二世、ゲオルギーの連名でクロパトキンに進撃命令が出た。
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