沿岸進出の危険性
「営口を攻撃した第三軍、大損害です。一割を超す損害を受けました」
「野戦築城と侮り、攻撃して撃破されたか。愚かしいな」
遼陽の南方で報告を受けたクロパトキンは吐き捨てた。
野戦築城でも、攻撃側が大損害を受けることはこの戦争の初戦の戦い、南山の戦いで証明済みだ。
日本軍は大量の砲弾をロシア軍陣地に撃ち込んだにも関わらず大した成果を挙げられず、攻撃を続行し大損害を受けた。
なのに戦例を忘れ、攻撃を命じるとは愚かしい。
日本軍の二の舞を演じるとは愚かだ。
「追撃に焦り、大砲を置いたまま進撃しそのまま攻撃するからだ」
追撃戦の為、進撃速度の速い歩兵だけが先に行き、重い大砲を引っ張る砲兵を残していったのが間違いだ。
要塞のように陣地を作り上げた日本軍を重砲なしで攻撃するなど愚かしい。
「それで、リネウィッチ大将はどうする気だ?」
「はい、第一軍は営口を包囲。第三軍は進撃を続け旅順要塞を落とすべし」
「ばかな。営口は遼東半島への入り口だ。ここに日本軍を残しておいて日本軍が反撃してきてみろ。第三軍は後方を遮断され、包囲殲滅されるぞ」
「そうならないようにクロパトキン大将の第一軍が営口を包囲せよと」
「ふん、アレクセーエフの尻拭いか。どうせ陛下に旅順を攻略せよと言われてあせっているのだろう」
二人の性格を良く知るクロパトキンはおおよその事情を理解し、事実を言い当てた。
「第二軍はどうしている?」
「はい、進軍を続け、錦州、山海関方面へ侵攻中との事です」
「我ら第一軍と第三軍から離れているぞ」
「ですが日本軍を追撃すべきとアレクセーエフ極東総督が指示しリネウィッチ大将も承認されています」
「緒戦で日本軍を舐めてかかって撤退した愚か者が再びしゃしゃり出て何になる」
クロパトキンは苛立たしく言う。
満州軍の司令官になったが、上官がアレクセーエフ極東総督だったため、彼の指示に従わなければならなかった。
だが、指示は見当外れであり日本軍を舐めきっていたためロシア軍は連戦連敗だった。
クロパトキンの方針、最悪ハルピンまで下がって増援を得てから反撃という方針を破り、初めから積極的に攻撃しようとした。
だが、日本軍が次々と海路から部隊を出してきたため、ロシア軍は数的に劣勢となり、むしろ前進した部隊は日本軍の中に孤立し各個撃破されてしまった。
「これだけ前進し続けたら日本軍から側面攻撃を受けるぞ」
ロシア軍の配置は南下するにつれ広がりつつあった。
第一軍は営口周辺、第二軍は山海関方面へ向かうべく渤海の北岸へ迫りつつあり、第三軍は渤海の南岸を旅順へ向けて遼東半島へ行こうとしている。
しかも朝鮮半島が南東にあり、大韓帝国を制圧した日本軍が何時進出してくるか分からない状況だ。
一応、騎兵を出して警戒しているが山岳地帯では十分に活動出来るとはいえない。
「この位置で満州軍全軍を停止するよう、リネウィッチ大将に意見具申を」
クロパトキンはすぐに具申書を提出したが、却下された。
それどころか進撃命令と督戦文を受け取る事になった。
優勢なる状況において逡巡するは、臆病者なり。
好機を逃さず前進するべし
「好機と言えるか!」
返信を受け取ったクロパトキンは大声で怒鳴った。
「制海権が奪われているのに沿岸部に近づくのは危険ではないか」
バルチック艦隊が壊滅し、ロシア海軍は壊滅した。
日本海軍は海岸線の好きな地点へ進出、上陸出来る。
緒戦で朝鮮半島を確保され、遼東半島および渤海への上陸を許したのはそのためだ。
おかげで、クロパトキンは常に日本軍の側面攻撃を受ける羽目になり、後退することで海岸線から離れ、上陸による奇襲を避けられる様にして、何とか態勢を立て直した。
「なのに再び海岸線へ不用意に進出し、奇襲上陸の危険を受けよ、とアレクセーエフはいうのか」
「日本海軍はオホーツク海沿岸部へ向かっているので渤海周辺は、大丈夫というのが極東総督府の見解です」
「どれだけあてに出来るか」
確かに日本軍はオホーツク海沿岸部へ上陸を仕掛け占領しているが、一箇所当たり千名程度、総計でも一万前後、最大でも二万は超えないだろう。
対して日本軍の主力は満州平原周辺にいる。
しかも、今までの報告を合計したところ、日本軍の予想される総兵力に足りない。
日本軍は明らかに兵力をプールしている。
最低でも十万以上の兵力が日本軍の予備兵力として残っているはず。
商船の数も十分であり、上陸作戦を行うことは出来る。
何処かへ上陸作戦を行われたら危険だ。
「沿岸部への進撃は敵の上陸作戦により窮地に陥る可能性が高い。海岸から離れた場所で進撃を止める様、極東総督府へ中波無線で意見具申を」
「良いのですか?」
満州軍総司令部を飛び越えて極東総督へ通信をするのは指揮系統を乱す越権行為だ。
下手をしたらクロパトキンが追及されかねない。
部下はそのことを案じた。
「構わない。こういうときに使わなくて何が新装備だ。サンクトペテロブルクの極東総督に文句を言ってやる。早く打電しろ」
「はい」
通信兵は直ちに通信しようとしたが、応答はなかった。
「どういうことだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます