オフラーナ幹部 セルゲイ・ズバトフ

 ズバトフの所属するオフラーナはスパイを操り、内部工作をするのが主なやり方だ。

 反体制派の彼らを捕らえると不満や劣等感を探り当て、体制側へ寝返らせる。そして、内部情報を収集し、中心人物や周りをを逮捕する。

 逮捕し収監するのはごく一部であり、大半はスパイや協力者として活用する。

 そのため彼らの怒りや不満の根源を良く知る立場だ。

 いや探り当てなければ任務を達成出来ない。彼らをスパイとして使うには彼らを能動的に動かす必要があり、彼らの欲求や行動の源を知る必要がある。

 オフラーナ職員の中でもズバトフは優秀な能力の持ち主であり、多くの反体制派を操ってきた。

 故に人々の不平や不満、社会のひずみ、格差を聞いてしまい、彼らの不満が増大し、このままではいずれ、貧困層にも飛び火し爆発すると考えていた。


「このままでは拙い。暴動やテロは更に増大し、手に負えなくなる」


 日に日にズバトフの懸念は大きくなってゆき現実となる。

 実際、ロシア各地で暴動や頻発し、ズバトフはその対処に追われていた。

 その時、やむにやまれず、暴動に廃知った背景を困窮した彼らの事情を知り、何とかしたいと考えるようになった。

 特に1901年のモスクワで起こった学生と労働者による大規模デモでは鎮圧のためにコサックを動員し多数の死傷者を出したことは、悔いの残る一大事だった。

 捜査にあたったズバトフは取り調べで彼らの事情を聞き、さらに心を痛めた。


「テロや暴動に至る前に貧困を止め、貧困層を救済しなければ」


 守るべき人民へ剣を向け死傷させる、ロシアを支える国民を政府が虐殺するなど間違いだ。

 そもそも、国家が国民の困窮を放置するなどあってはならない。

 秘密警察職員以前に愛国者としてズバトフは、ロシア国民を助けたい思いからモスクワ支局長になると、それまでの監視と弾圧ではない独自の方法を始めた。

 それが労働者団体の設立だった。

 労働者をオフラーナの指導下で作った愛国的労働団体に入れて、ナロードニキから隔離。

 同時に労働者から不満を聞き出して解消し、愛国者に育てようという方法だ。

 オフラーナのモスクワ支局長になったズバトフは早速、労働者の互助団体を組織させた。

 その運営資金にはオフラーナの予算から支給され、彼らの困窮を救い、様々な便宜をはかり、有能で若い労働者には奨学金さえ与え大学へ行かせるなどした。

 特に様々な便宜は効果的だった。

 労働者常に困窮し政府に助けを求めた。

 だが権威主義、官僚主義のロシア政府では、下層階級、貧困層の申請や懇願など、聞き入れることはない。正規の手続きを行っても官僚主義的な仕事では決裁だけで時間がかかる。実行など何年も先だ。

 それでも動くだけまだマシで、結局何もなされず放置される事の方が多かった。

 だが、労働団体を通じてオフラーナから請願や要望が各部署へ通達が出されると違う。権威主義ゆえに、上の命令、特に秘密警察の命令とあっては尚更だ。


「オフラーナとして各当局へ要請する。これらの政策を可及的速やかに実行せよ」


 貧困者相手とはいえ、オフラーナ支局長ズバトフの命令で各部署は、命じられた政策を最速で処理され、実行された。

 最初は半信半疑だった労働者達だったが、これまで門前払いか遅れていた要望が実現したのを見てズバトフの労働者団体が本物であると分かり熱烈歓迎した。

 ズバトフが作った労働者団体の支持は上がり、参加者は増えた。

 しかし当初この計画は工場所有者と帝国の権威が失われると主張する官僚の抗議により時の首相ウィッテに反対され潰されかけた。

 だが、ズバトフの上司であり、皇帝の叔父である当時のモスクワ総督アレクサンドロヴィチ大公の支持を得たため継続された。

 そして、ズバトフの作った組織の成果、影響力は大きかった。

 ボリシェビキ達が作った社会民主労働党が反対したにもかかわらず、ズバトフの労働団体が開催した穏便なデモに五万人の労働者が参加。

 労働者の不満を吐き出させつつ対処を約束。労働者の不平不満は吐き出され、デモを穏便に、警察やコサックに蹴散らされるのではなく、彼らが自主的に帰っていくという、驚くべきほど平和裏に終わらせる事に成功した。

 この手法は「警察社会主義」と呼ばれ、ズバトフはオフラーナの元に穏健で愛国的な労働団体をロシア各地に作り、操りつつ援助することでロシア全土にいる貧困層の不満を和らげ、暴動やテロを根絶しようとした。


「これでロシアは明るい未来を手に入れられる」


 計画の成功で確かな手応えを感じたズバトフは絶頂にいた。

 事実、モスクワでの手腕を認められたズバトフはサンクトペテロブルクへ異動。

 同じ手法でサンクトペテロブルクの労働者を抑え、貧困層を救おうと喜び勇んで、ズバトフは向かった。

 しかし、上手くいかなかった上、ズバトフに悲劇が訪れる。

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