ズバトフの転落
サンクトペテロブルクへ赴いたズバトフは、モスクワと同様の手法を実施しようとしたが上手く行かなかった。
ズバトフのやり方と手柄を気に入らない上層部や同僚の妨害で協力が阻まれたのだ。
さらにオフラーナ監視下の労働者団体とはいえ、帝都であるサンクトペテロブルクで労働者が勢力を作るのは、治安上の懸念があり帝国の威信に関わるといった建前。
そして労働者が跋扈することを気に入らないという本音から反対されていた。
このような妨害にも関わらずズバトフは何とかサンクトペテロブルクに労働者団体を作り上げた。
だが、各部署の協力が得にくく、彼らの陳情や要請を叶えることができなかった。
特に内政を司りズバトフの上司である当時の内務大臣が保守派で厳格で労働者に冷たいプレーヴェだったため、協力が得にくかった。
それどころかプレーヴェはズバトフが労働者を甘やかしていると考え、様々な制限を課してきてズバトフは労働者団体の活動を妨害した。
サンクトペテロブルクで思うように動けないズバトフはモスクワのモデルを真似て他の都市で似たような組織を作り上げた。
だが、ここでも上層部の反対により思うように行かない。
特に労働者が環境改善のために求めた労働法改正が出来なかったため、労働者の不満を解消することが出来ずにいた。
希望があっただけに実現しなかった時の彼らの失望は、不満となって高まった。
そして黒海に面した港町オデッサに作られた労働団体が労働法改正を求め数千人を動員したゼネストに突入する。
事を重く見た政府は警察とコサックを投入して蹴散らそうとしたが、労働団体が反発し暴動へ発展。この暴動は鎮圧するまでに二週間掛る大規模なものとなった。
内務大臣プレーヴェは、事の重大さから全ての責任をズバトフに押しつけた上、懲罰を与えた。
表向きには労働団体を作り上げ、デモを扇動し機密を漏洩した。以上の理由でズバトフを糾弾する。
勿論、いわれのないことだった。
だが、ズバトフが作り上げた労働団体が暴動を起こしたのは事実であり、ズバトフのやり方への反発、労働者、下層階級におもねるようなやり方を心良く思っていなかったこともあってズバトフは孤立していた。
ズバトフの処罰は決定し、サンクトペテロブルク支局長を解任され、オフラーナを辞職させられた。
さらに労働者を扇動防止のためとしてサンクトペテロブルクとモスクワから追放を命令し地方へ飛ばされた。
何の力もなくなったズバトフは片田舎へ引きこもり年金生活を送ることにした。
こうしてズバトフを追放することに成功したプレーヴェはズバトフが組織した労働者団体を解散し、これまでの政策を撤回。労働者達への様々な便宜や配慮はなくなった。
労働団体に属していた貧困層は明るい未来を奪われ、かつての悲惨な生活に逆戻りとなる。
本来ならズバトフに代わる貧困層対策を立案し実施するべきだったが保守反動政治家で厳格な性格のプレーヴェにそのような事は出来ない。
労働団体によって明るい未来が見えていただけに、労働団体が解散させられた時の失望は大きかった。
日々悲惨になっていく生活に耐えかねた彼らは、デモを起こし、時に暴動へ発展する事もあった。
貧困層の不満を抑えることの出来ないプレーヴェは対策どころか、むしろ厳格なまでに弾圧すべしと、発生した農民蜂起や暴動を武力で鎮圧した。
貧困層の不満が解消される事はなくなり、過酷を極め時に弾圧が加わる日々に、むしろプレーヴェへの国民の反感は日に日に強まった。
このため革命家の標的となりプレーヴェは日露戦争中の1904年7月に暗殺される。
普段はテロに眉をひそめる人々でさえ、プレーヴェの死を歓迎したのだから、その悪行は、おして知るべしだ。
ズバトフも事態を悪化させたプレーヴェをテロで亡くなりながらも、退場したことを内心感謝した。
幸いにも後任の内務大臣となったスヴャトポルク=ミルスキーは、有能で温和な人物だった。
穏健派を以て当てられたのは、ロシア政府がプレーヴェの政策を事実上否定しての事であり、労働者の勝利と言えた。
そのためミルスキーは、労働者の意向に沿った政策を実施出来た。
プレーヴェの対策を撤回し、労働者の生活改善と対話を行い徐々に暴動を抑えていた。
しかし、それではまだ不十分だった。
戦争中であり、より厳しくなる生活環境を改善するには優秀な官僚が、労働者に通じた実績と能力のある人材が必要だった。
その点ズバトフは最適だった。
ミルスキーはズバトフの手腕を評価しており、復帰するよう要請する。
だが、家族の安全を守る為――ズバトフのやり方に不満を持つ連中の嫌がらせを防ぐためズバトフは拒否。
そのまま年金生活を送ろうとした。
しかし、復帰せざるを得ない事情が発生する。
皇族であるゲオルギーから直接、ズバトフにオフラーナ復帰を頼み込む手紙が送られてきたのだ。
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