ゲオルギーによるズバトフ抜擢
転生者であるゲオルギーは歴史書からズバトフの手腕と活躍を知っていた。
そして貧困層を救うには彼の手法が一番効果的だと考えていたのだ。
勿論ゲオルギー自らも貧困を解消するための活動は行っていたが、皇族のため他にもやることは多い。
そこで労働者組織を拡充する手腕も実績もあるズバトフを復帰させることにした。
愛国者であるロシアの皇帝一家に忠誠を誓っていたズバトフは、皇族であるゲオルギーの願いに仕方なく求めに応じてオフラーナに復帰。
再びサンクトペテロブルク支局長として労働団体の組織化を進めた。
しかし、既に前内務大臣プレーヴェによって解散させられておりメンバーの殆どはガポン神父の組織に流れていた。
現状を把握したズバトフは方針を変更し、ガポン神父の組織を支援することで労働者を間接的に制御することにして、ガポン神父を支援していた。
それは上手く行き、労働者の不満を抑えることに成功し、サンクトペテロブルクは比較的穏やか――農民の暴動が頻発するロシア西部やポーランドよりマシだった。
ズバトフ自身も直接介入する必要がなくなり、他の都市の労働団体の指導を行えるようになった。
しかし、悪化する戦況と共にロシアの経済は低下。
労働者の生活も日に日に厳しくなり、彼らの努力も限界が訪れようとしていた。
「人々の不満が高まっています。生活の改善を訴えるためストライキを行いたい」
「それはダメだ」
ストライキを求めるほど人々の不満が高まっているのはズバトフにも良く分かる。
しかし、戦争中の今、認めるわけにはいかない。
「今は戦時下で戦場に武器弾薬が必要だ。供給されないようにするのは利敵行為だ」
日露戦争に反対するズバトフだが、ロシア軍が負けるような事はしたくない。
武器弾薬の重要性、常の補給が必要と知るズバトフは生産が滞るストライキなど認めることなど出来ない。
「ですが、多くの労働者が困窮しています。彼らもロシアの為と分かっていますが働く環境が悪すぎ、砲弾を作れるような環境ではありません」
「確かにそうだ」
労働者の労働環境が悪いことはズバトフも知っていた。
砲弾を必要としていながら、それを作る労働者を蔑ろにしすぎる。いくら砲弾が必要だからと言って無理なノルマを課し、長時間労働を強いているのだ。
これではストライキを行おうと労働者が考えるのも仕方ない。
「だが、今戦争中にストライキを行うのは利敵行為として逮捕される恐れがある。それに兵士の多くは貧困層だ」
指揮官の多くは教養が必要なため教育を受けた貴族がなる。だが兵隊は数が必要なため、貧困層から採用する。
日露戦争でも膨大な数の貧困層が食い扶持を得るために従軍している。中には最前線に立つ者もおり、悲惨な戦場生活を送っている。
彼らへ少しでも多くの物資を作り上げ与えて助けようとしていた。
しかし、工場の労働環境が劣悪であり、資本家が改善する気がないことも二人は知っていた。
戦場のために工場を動かすか、工場のために戦場を貧しくさせるかのジレンマに陥っていた。
「はい、そこで戦争を終わらせて欲しいと皇帝陛下にストライキの後、請願しようと思います」
「直訴する気か!」
ガポンの計画に、さすがのズバトフも驚いた。
労働者に優しいが帝国に対する忠誠心は篤い愛国者だ。
敬愛する皇帝に戦争終結を直接願うなど、畏れ多く下手をすれば反逆と見られてしまう。
しかし労働者を思うガポンも退かない。
「これは労働者の願いなのです。戦争終結は無理でも、願い帝国に皇帝陛下に聞いて貰えると思わなければ、労働者の不満は高まり、他に流れていくでしょう」
ガポンの言葉にズバトフは唸った。
脅迫ではなく現実であり事実だからだ。
現在、ガポンの労働者団体はメンバー八千名を数える。さらにメンバー以外の支持者も多くサンクトペテロブルクの大半の労働者が彼の言葉に従う状況だ。
もしはねつければ、ガポンは求心力を失い、支持者は他の組織、過激なナロードニキの社会革命党へ向かってしまう可能性が高い。
そうなれば今以上に暴動やテロが頻発する。
何より、ガポンが自分、ひいてはロシア帝国に対する不信感が生まれてしまう。
あまりにもロシアが無策で戦争を終わらせられず、労働者の保護もないからだ。
ここで、彼の願いを拒絶すれば、ズバトフとロシアへの信頼は失われ、ガポン神父が反帝国活動に転じかねない。
ズバトフは窮地に立たされた。
同時に出来るだけ叶えなければならないと考えた。
それだけ、労働者達が追い詰められている証拠であり、ズバトフも労働者を助けたいと思っていたからだ。
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