スヴャトポルク=ミルスキー内務大臣
「……ストライキは良いだろう。だが、請願は待ってくれ。出来るように上に掛け合ってみる」
妥協案としてズバトフはガポンが願い出た二つの内ストライキは許可した。
不満のはけ口を少しでも増やすためだ。
だが、皇帝への請願に対しては前向きに検討するという程度で抑える。
いくら帝国内で無類の権力を持つオフラーナ幹部でも皇帝への直訴、請願は権限の範疇を超えている。
下手をすれば責任者として、治安を守れなかったとして処罰される可能性さえある。
かつてストライキを扇動したと疑われ、オフラーナを辞めさせられた事があるだけに、必要性を認めながらもズバトフは慎重だった。
「どうか請願もお願いします」
「分かっている。しかし皇帝への直訴、請願は待ってくれ」
ガポンが頭を下げて頼み込むのを見て、本気である事が伝わっただけに、最悪の場合、勝手に行う事もあり得る。
だからズバトフは必死に止めようと様々な提案をする。
「その代わりストライキに関しては許すし、出来るだけの配慮はする。君らの願いが叶うように努力しよう。参加者への炊き出しも行うようにする。勿論、食材、物資の調達は任せろ。優先的に送る。何とか抑えてくれ」
軍の物資の一部を抑える事で手に入れられると考えていた。
暴動の鎮圧に出動させるくらいなら、それを防ぐために使った方がマシだ。
それに請願に行ったら、暴動と見なされ軍隊によって蹂躙される可能性もある。
ここで人々に期待されている、ガポンを失う、それもロシア治安当局の手によって傷つけるわけにはいかない。
ズバトフは思いとどまるよう、ストライキを支持するスタンスをとり、請願を思いとどまらせる。
「ありがとうございます」
とりあえずズバトフの提案に満足したガポンは喜んで帰って行った。
すべて認められたわけではなかったが、一部が通ったのが嬉しかった。
それに炊き出しがあれば貧しい人々の飢えを少しでも緩和することが出来る。
未来が少し明るくなったことでガポンの足取りは軽かった。
「とんでもないことになった」
だが残ったズバトフは悩んだ。
ただでさえ自分の評判は悪い。
上司の内務大臣スヴャトポルク=ミルスキーは、あのウィッテさえ一目置く知性ある常識人だ。
ストライキは認めてくれるだろう。
だが、皇帝への請願は無理だ。内務大臣でも皇帝へあれこれ言うことなど出来ない。
皇帝陛下が厳格だからではなく、周りが許さない。
ただでさえ戦争が長引き、敗北続きでロシア帝国の権威が落ちている。
そこへ民衆が皇帝へ戦争中止を請願するなど更に権威を落としかねないからだ。
だが、請願の内容は労働者達の願いが込められてあり無下にすることも出来ない。
「とにかく、報告しなければ」
ズバトフは今回の件を持ち帰り、ミルスキーの裁可を仰ぐことにした。
「請願行進か」
ズバトフの報告を聞いたスヴャトポルク=ミルスキー内務大臣は考えた。
権威主義的で専制政治の信奉者である前任者とは違う。
ウィッテさえ彼の高い知性と倫理、良識に対して敬意を払うスヴャトポルク=ミルスキーの頭脳は現状を正しく理解していた。
労働者の困窮も理解している。彼らが求めているのが戦争中止であることも。
「無理だろうな」
だが、ミルスキーが内務大臣であっても無理だった。
戦争はロシアの方針であり、多くの人間が賛同している。
そして諸外国が注目している。
負け続けでロシアに対して見下すような言説が流れ始めている。
ここで戦争を止めれば、しかも国民の要望という形で止めれば、ロシアの敗北を認めるようなものだ。
まだ動員されていない兵力がある中、止めようとは考えていないだろう。
その兵力を動かせるだけの戦費などない。
八ヶ月ぐらいの戦費は確保出来るが、それ以降は無理。
いや、八ヶ月も猶予があるのだから動ける内に、近々決戦を挑み、日本軍を撃滅し逆転しようと皇帝周辺は考えている。
戦争を中止する機が皇帝陛下にないのだから無理だ。
決して請願を受け入れようとはしないだろう。
その点は、職務上、国の状況を聞かされているズバトフも同意だった。
「それに先日提出した憲法制定、国会開設案が却下されたばかりで私への心証が悪すぎる」
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