ミルスキーの改革案と挫折

 国民の不満を和らげ彼らの願いを叶えるためスヴャトポルク=ミルスキーは内務大臣に就任すると精力的に働き、改革案を書き上げた。

 彼が計画したロシア帝国の自由主義的改革は地方分権、出版、信教の自由、地方自治権の拡充、非ロシア系少数民族に対する抑圧の緩和、及びこれらを規定していた特別立法の撤廃を含む広範なものであった。

 更に一歩踏み込み議会の開設、その具体案まで入れていた正に革命的なものだった。

 しかし、一般にスヴャトポルク=ミルスキー案とされるこの案はあまりにも急進的すぎた。

 ヨーロッパでは普通であり、日本でも認められた制度だったが、専制政治を行うロシアには革新的すぎる。国が根底から変わるくらいの改革だった。

 そのためミルスキー案は急進的すぎて専制政治の牙城を崩してしまう、という理由で先日却下されて仕舞った。

 そのため、スヴャトポルク=ミルスキーはロシア政府中枢、特に皇帝の心証が非常に悪い。


「私は、陛下とその周囲に疎まれているからな。悪いように受け取られかねない」


 自嘲気味にミルスキーは言う。

 ここで、請願行進を認めれば、スヴャトポルク=ミルスキーの示威行動、自身の改革案を実行するよう政府や皇帝へ強要する行動と見なされる危険もある。

 いや、民衆を扇動しフランス革命のような革命を企ててている国家転覆の罪に問われかねない。

 その結果、大臣解任、最悪粛正の可能性さえある。

 表だって処刑される事はないだろうが、過激派のテロを装って暗殺してくることは十分に予想される。

 平和的でも請願行進を認めるのは危険だった。

 まして皇帝への直訴など皇帝が頷くわけがない。


「何とかならないでしょうか」

「本心では、彼ら貧困層の為にも行いたいのだがな」


 ズバトフの言葉をミルスキーは柔らかく拒むことしか出来ない。

 貧困層の不満と求めることを理解して、改革案を出したスヴャトポルク=ミルスキーは彼らの心情が、請願行進を求める理由を良く分かっていた。

 ズバトフ同様、ミルスキーは貧困層の願いを受け入れてやりたい。

 そして、ロシアに必要なのは、彼らが求めていること。戦争を終結させなければならない。

 膨大な戦費の浪費を止め、その力を産業育成、貧困層への福利厚生に使うべきだ。

 ロシアにとっても、自分が立案した改革と戦争中止は必要だと信じている。

 しかし、皇帝をはじめ、中枢に聞き入れられ、実行されなければ無意味だ。

 内務大臣である自分が請願行進を受け入れても皇帝陛下が、専制政治を絶対視するニコライ二世が受け入れるとは思えない。

 重臣や身内が暗殺されるところを見ており、専制政治こそロシアと自分を守る為に必要だと考えている。

 つい最近も、プレーヴェが暗殺されたばかりで、皇帝ニコライ二世の警戒心は強まるばかりで専制政治を強めようとしている。

 貧困層を弾圧したプレーヴェの自業自得なのだがニコライ二世は、専制政治への反逆と見なしていた。


「弾圧が少なくなっている現状を変えたくはないのだが」

「それは喜ばしいことです」


 だが、ミルスキーの指示により、オフラーナによる弾圧は暗殺などの重大な事件を除き少なくなっている。指示は守られており実際、鎮圧の件数が減っているのをズバトフも知っている。

 これはミルスキーへの期待もあったがプレーヴェ暗殺以降、表向き、穏健派が勢力を増しているからだ。

 いくら皇帝でも勢力を増した穏健派を無視出来ない。


「皇太后マリア様の為にも、改革は実現したいのだが」


 ニコライ二世の母親であり、穏健派の中心人物皇太后マリア。

 今のロマノフ王朝の良心であり陰の実力者でもあるマリアからの願いをミルスキーは思い出しつつ、彼女の願いを叶えられない自分の不甲斐なさに憤った。

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