ロシア皇太后マリア

 1904年当時ニコライの母親である皇太后マリアが穏健派の中心として急進派を抑えていた。

 マリアはデンマーク王室出身だったが、ロシアからの打診で受けた最初の婚約者であり当時のロシア皇太子ニコライ・アレクサンドロヴィチ大公と彼の祖国ロシアで歓迎されたこともあって、婚約者と新たな国となるロシアをマリアは深く愛していた。

 残念な事に婚約した翌年、皇太子は結核性髄膜炎で急逝してしまった。

 マリアの悲嘆は激しいもので周囲は彼女を心配した。

 しかし、その悲嘆は最愛の人と広大で素晴らしいロシアに赴けなくなった事に対する悲嘆であり、マリアのロシアへの愛着は更に深まり、ロシア皇帝一家との結びつきを強くした。

 彼の弟であり後のロシア皇帝アレクサンドル三世が「君は今でも家族の一員だよ」という手紙と婚約申し出を出されたこともあり、ニコライの死から三年後、二人は結婚した。

 マリアとその兄弟姉妹に童話の語り部として幾度も訪れたことのある詩人アンデルセンは、群衆に紛れてマリアがコペンハーゲンからロシアへ嫁ぐのを見送った、この日のことを日記に書いている


 昨日、埠頭で、私の前を通り過ぎる際、彼女は立ち止まり私の手を握ってくれた。涙があふれた。何とかわいそうな子だろうか! 神様、どうか彼女に慈悲をお与えになりますよう! 人々はサンクトペテルブルクの宮廷は驚くほど煌びやかで、ツァーリの家族は親切な人ばかりだと噂している。でも、彼女が国民性も宗教も違う、周りに古くからの知り合いもいない、全く馴染みのない国に乗り込むことに変わりはない


 心配性のアンデルセンらしい言葉だが半ばハズレ、半ば当たる。

 当時のロシアとしては珍しく外国のプリンセスをロシアの人々は熱狂的に迎え入れた事もありマリアはロシアに愛着を持っていた。

 美人で国民からの人気が高く、皇后となるべくロシア語を習得し国民性を理解しようとした。

 結婚して最初の頃、マリアは家庭内の事に専念し、政治的な関心は殆どなかった。故郷デンマークがドイツとの戦争で領土を奪われていたため反ドイツという事以外は穏やかだった。

 家庭は次男は早世したが残りの子供達は成長し、特に三人の息子を溺愛した。

 周辺諸国へ嫁いだ兄弟姉妹とも頻繁に会うため海外へ旅行へ行き、時折帰省するなど順風満帆で幸せに満ちた生活を送っていた。

 しかし、間もなく、ロシアがマリアを本当に求める時代がやって来た。

 1881年、義父である皇帝アレクサンドル二世が爆弾テロにあった。

 片方の足を半分失う悲惨な姿となって帰ってきた数時間後に事切れた姿を見てもマリアは気丈に振る舞い続けた。

 それはロシア国民がロシア人である夫以上にマリアを敬愛し熱狂していたからだ。

 テロの不安に怯えながらも皇后となったマリアは自身の社交的な性格と積極性で人々とふれあい、皇后の職責をこなして行く。

 勤めを果たすマリアをロシア国民は支持した。

 さらにヒステリックなところのある夫と他の皇族の仲を取り持つ事によりロシア皇族の分裂を回避していた。

 その夫へのマリアの愛情は変わらなかった。

 夫であるアレクサンドル三世は性格にやや難があるが、マリアも愛していたし夫もマリアと家族を愛していた。

 鉄道事故の時、転覆し崩れた車両の屋根をアレクサンドル三世自らが支え、家族を守り切った事からも、彼の愛は本物だと証明出来る。

 しかし、この鉄道事故の怪我が元で体調を崩しがちになりアレクサンドル三世は、暫くして亡くなってしまう。

 皇太后になった後もマリアはロシアを支え続けた。

 ニコライ二世が即位した直後は、彼女の人脈と政治的なセンスにより度々ニコライに政治的な助言を与えて支え、政治に不慣れな皇帝の側近やニコライ自身も聡明なマリアを頼った。

 ウィッテさえ皇太后マリアが内政外政において統率力と外交手腕を発揮することを願うくらいだ。

 マリアはデンマーク王室出身の上、当時として珍しく女性として水泳を習うなど開明的であった。

 特に教育に力を入れ、ロシアが発展することを願っており、使命と感じ行動力を発揮した。

 そして人々に触れ合う中、ロシアの欠点、閉鎖的で中世のような抑圧があり、改革が必要な事を理解しており、改革を望んでいた。

 フランス革命のような自体が革命の嵐がロシアで起きないことをひたすら願い、改革は不可避だと確信していた。

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