弩級戦艦 対 弩級戦艦

「敵もかなり上手いな」


 数回の斉射で皇海の周辺にインペラトール級の砲撃による水柱が林立する。


「ロシア人は大砲を当てるのが上手いのですか」

「それもあるだろうが、ドイツ製の射撃指揮装置のお陰だろう」


 ドイツは精密機械と光学機器を得意とする企業が多い。

 ライカやカール・ツァイスなどのカメラメーカーなどをはじめ、高精度の機器を作れる。

 射撃指揮装置は光学照準のため、レンズやプリズムを製造、取り付け、操作できる必要がある。

 これらを作り出すのにドイツの製品は欠かせない。

 実際、皇海型および筑波型の射撃指揮装置も光学部分はドイツ製である。


「次は当たるな」


 鯉之助が呟いた直後、船体中央部、右舷側面に砲弾が命中した。

 激しい衝撃と轟音が鯉之助のいる露天甲板にも伝わる。

 大損害を覚悟した。だが、九インチのクルップ鋼に阻まれた。


「流石だな。クルップは」


 船体装甲にぶつかり砲弾は砕かれ、海に落ちた。


「ですが相手も同じです」


 沙織の言ったとおり、敵にしているインペラトール級もクルップ鋼を使っており、防御力は高い。

 火災を起こしているが、全て下瀬火薬のお陰であり、バイタルパートを撃ち抜いていない。


「沈められそうにないか」


 鯉之助は溜め息を吐く。

 炎を上げているが速力が落ちた様子もないし主砲は盛んに砲撃を行っている。

 戦闘力を維持している証拠だ。


「木偶の坊ではなさそうだ」


 ドレッドノートの就役に合わせて突貫工事で作った可能性があり、見てくれだけと思っていたが、予想以上に完成度が高い。


「ロシア、侮りがたいな」


 敵も着実に腕を上げていると言うことだ。


「感心していないで何か対策を」

「分かっている」


 沙織に言われて鯉之助は頷いた。

 そして命じた。


「艦隊左九〇度一斉回頭! 距離を取れ! 弾種変更、例の徹甲弾を使う」

「了解! 準備します!」


 鯉之助の指示に金田は喜んで準備を始めた。




「敵艦隊! 離れて行きます!」

「諦めたのでしょうか」


 海援隊の皇海型戦艦が突如一斉を行い離れていくのを見た参謀長が言う。

 敵が離れてくれるのは嬉しい。

 ウラジオストックへ入港するために航行しており、余計な損傷はこれ以上受けたくない。

 火災だけでもかなりの被害を出している。

 バイタルパート――装甲は撃ち抜かれておらず主砲も機関部も無事であり戦闘に支障は無い。

 だが、他の構造物が破壊されており、火災による被害と死傷者が出ていた。

 正直、反転してくれたのは有り難い。


「いや、諦めているようには見えない」


 離脱するなら、一斉回頭のまま第四戦艦隊とは反対方向、南東方向へ離脱する方が、離れやすい。


「距離を取っているようだ」


 あくまで第四戦艦隊に対してウラジオストックへの針路を妨害しつつ攻撃する構えだ。


「我々との接触を続けるつもりでしょうか」

「いや、それだけなら巡洋艦で済む。戦艦までは来ないだろう」


 戦艦は燃費が悪いし、高価だ。

 余程の意志がなければ、敵を攻撃する意志がなければ動かす事はない。

 わざわざ出張ってきたからには、撃滅しようと出てきたはず。


「距離を置いて攻撃するつもりか」

「ですが、これ以上離れますと有効射程外へ行きます」


 大砲の射程には、有効射程と最大射程がある。

 最大射程は、文字通り大砲が砲弾を飛ばせる最大の距離だ。

 一方、有効射程は砲弾を命中させられ、相手を破壊する威力を砲弾に持たせられる距離――大砲が目標に対して活躍できる距離だ。

 遠距離を飛ぶ間に砲弾の速度が落ちて威力が低下するのは勿論だが、砲弾がばらけたり、射撃指揮装置の性能の限界で目標を捉えることが出来ず、射程が短めになる事がある。


「間もなく我が艦の射程から逃れます」


 砲戦距離を最大で一万二〇〇〇メートルと想定したため射撃指揮装置は、そこまでの性能しか無い。


「ドイツのメーカーからの情報だが皇海型の射撃指揮装置は二万メートルを想定している」


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