砲戦距離二万
「まさか、そんなの不可能です」
「旅順では、要塞砲の射程外から市街地を、推定二万メートルで撃っている」
「ですが動かない陸上目標です。移動する艦艇に命中させるなど」
「敵は、二万メートルからの砲撃、いや我々の射程外から砲撃することを狙っている可能性がある」
「まさか」
「敵艦回頭! 右九〇度回頭! 並走しています! 発砲!」
「また来るか」
再び砲弾の雨が降り注ぎ、インペラトール級の周辺に水柱が立ち上がる。
「水柱の立ち上がり方が違いますな」
先ほどまでは海面の表面で爆発していたため水柱が低かった。
しかし、今では高い水柱を上げている。
「砲弾を変えてきたか。多分徹甲弾だ」
これまで日本海軍は榴弾を使っていた。
お陰で上部構造物は破壊されていた。
「連中、景気よく撃ったので榴弾が無くなったのでは」
参謀長としては嬉しかった。
下瀬火薬のせいで火災が発生しているし、上部構造物がかなり破壊されていた。
その被害が少なくなるだけでも良い。
徹甲弾は装甲を貫通できないし、鉄の塊にすぎず、運悪く弾道上にいなければ、被害は少ない。
ハズだった。
異変は直後に起こった。
「右舷中央部に砲弾命中! 石炭庫に到達!」
「馬鹿な!」
報告を聞いた参謀長は、驚愕し否定しようとした。
中央部はバイタルパートであり装甲で防がれている。
それを貫通したのが信じられない。
「何かの間違いだろう。そもそも、どうして右舷石炭庫に砲弾が命中するのだ」
敵は左舷側にいるのであり、右舷にはいない。
「甲板に穴が空いていました! 砲弾はそこから入ってきたようです!」
「どうやったらそんな事が出来るんだ」
「上空から降り注いできたか」
レーマンは空を見ながら言った。
「どういうことです」
「ボールを遠くへ投げるときと同じだ。高さをつけるとよく飛ぶ。だがボールは上から落ちてくる。距離を取ったために、砲弾が上空から降り注ぐんだ」
「そんな……」
「ああ、不味いことになった」
「どういうことです」
「甲板の装甲はそれほど厚くはない」
当時の海戦は、水平射撃が主だ。
距離は一万メートル以下のため、相手を狙って撃てば良い。
主砲の仰角が一五度以下の大砲が多いのも、水平射撃のためだ。
遠距離射撃は、技術も活用法もないため、ごく一部を除き考えられていない。
そのため、防御側も水平射撃、横から飛んでくる砲弾への対処しか考えていない。
垂直装甲、船体の側面に分厚い装甲を装着することで十分に防げると考えていた。
上空から落ちてくる砲弾など存在しなかったため、まぐれで甲板に落ちても、弾いて反対舷へ跳ね飛ばす程度の強度、三インチ程度の装甲板しかない。
上空から垂直に近い角度で落ちてきた砲弾に耐えられる程厚くはない。
「連中は上空から砲弾を落とし、薄い甲板の装甲を貫くつもりだ」
ゲオルギーの指導で建造されたインペラトール級だが、タービンが手に入らず、速力が遅くなってしまった。
三笠を初めとする標準戦艦を越える戦艦として建造するため、何処か無理をする必要があった。
相手を上回る攻撃力が無ければ話にならない。
そして、追いつけなければ攻撃の機会はない。
そのため、防御力を削った。
遠距離砲撃が行われるのは十年後の大戦までないと判断してのことだ。
だが、鯉之助は容赦なく二万メートルの遠距離射撃を狙いインペラトール級、いや世界の弩級戦艦を圧倒しようとした。
性能の差は歴然としている。しかし、レーマンは諦めなかった。
「此方も砲撃だ!」
「射程外です」
「着弾点を元に、データを出せ」
「了解!」
レーマンの命令に従い、彼らは砲撃準備を始めた。
「敵艦発砲! 直撃来ます!」
直後、皇海の砲弾がインペラトール・ピョートル一世を捉えた。
一発が、第三砲塔、弾薬庫の甲板装甲を貫通し、弾薬庫に到達した。
「第三砲塔被弾! 大破!」
「弾薬庫注水! 誘爆を防げ!」
艦長が応急指揮を命じている間にレーマンは被弾箇所を覗いた。
「司令官、危険です」
誘爆の危険があり参謀長が止めるがレーマンは聞かずに覗き込む。
甲板の砲弾痕を見ると砲弾は、斜めに入ったのに弾かれず、装甲に突入していた。
幾ら薄い装甲でも通常なら滑って反対側へはじき返す。
「連中は特殊な徹甲弾を使っているようだな。薄い甲板の装甲なら撃ち抜ける」
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