毒ガス戦への対処

「敗北してしまい、申し訳ありません」


 奉天に置かれた満州軍司令部に戻ってきた野津大将は、総司令官の大山大将を前に謝罪した。

 第四軍の三分の一が毒ガス攻撃にやられて、行動不能。死者も一割近く出した。


「野津どんあまり自分を責むっな。敵が毒など卑怯な手を使うたせいじゃ。今はゆっくりと兵と自分を休めたもんせ」


「……はい」


 野津は下がっていった。

 ロシア軍が毒ガスを使用したせいもあって、今回の敗北は仕方ないという考えで司令部は一致していた。


「じゃっどん、どげんしたもんじゃろうか。児玉どん、どう対処すっべきじゃろうか」


 大砲の専門家であり博識な大山であるが毒ガスの知識は殆どない。

 それは児玉も同じだ。

 いや毒ガスの使用など欧州兵学でも日本でも考えられておらず、対処法さえ分かっていなかった。

 それだけ毒の大規模使用、毒を使用するのは暗殺者など劣勢な人間がする事であり、正々堂々たる戦場で使用するのは恥という暗黙の了解があった。

 それをロシアは躊躇なく破った。

 ロシアが追い詰められている証拠だったが、日本軍は対処しなければならない。

 兵力では日本軍が優勢だが、毒ガスへの対処方法がなければ少数のロシア軍でも装備した毒ガスによって全滅しかねない。


「目には目をしかないでしょう」


 野津と入れ替わりに司令部に入ってきた鯉之助が進言した。


「おお、鯉之助どんか、兵たちへの処置、感謝し申す」


 毒ガス攻撃を受けた後、すぐに鯉之助は後方から苛性ソーダと給水装置を急送。

 退却してきた第四軍の装備を全て水で洗浄し、流れ落とした硫化水素を苛性ソーダで中和して無力化した。

 お陰で第四軍の救援部隊に二次被害が出るのを防ぐ事が出来た。


「しかし、目には目をというのは」


「連中が使ったのです。こちらも使いましょう」


「しかし、毒を使うのは恥では」


 総参謀長の児玉が、躊躇った。

 毒を使うのは卑怯だという考え方が日本は勿論ヨーロッパでも強い。

 国際世論が日本を非難する方向に向かうことを恐れて児玉は使用に難色を示す。

 しかし鯉之助は反論する。


「使ってきたのはロシア軍です。毒ガスを使ってきたら毒ガスで報復すると示さなければ今後も使用するでしょう。牽制するためにも我々も毒ガスを使用するべきです。国際世論に対しては、ロシア軍が先に使った事を報道し非難しましょう。ロシアを悪役にして、仕方なく反撃の為に使用した事にすれば国際世論も日本の報復攻撃を認めるでしょう」


「仕方なかか」


 鯉之助の進言を聞いて大山は苦しそうに言う。

 ロシア軍が調子に乗って毒ガスを使い続ければ日本軍の被害は増大する。

 敵を牽制するためにも、ここで報復処置を行わなければならない。


「全責任は、おいどんが負いもうす。鯉之助どん、ロシア軍に対して反撃をたのみあげもうす」


「分かりました。攻撃に出ます。ただ攻撃に必要な部隊は選択させてください」


「何処の部隊を出すでごわす」


「第七師団、第一二師団、樺太師団に海兵師団です」


「第一二もでごわすか」


北海道と樺太を拠点に発展した海援隊、海龍商会の影響力は大きい。

 元は海援隊の部隊である樺太師団と海兵師団が指定されるのは分かるし、北海道を根拠地とする第七師団への影響力も大きく――士官はともかく下士官兵は地元で採用されるため海援隊との縁者が多いので理解出来る。

 しかし第一二師団まで含める理由が分からなかった。


「よかよか、すぐに準備しもうそう」


 だが大山は鯉之助の要請を受け入れ、指示を出した。

 そして、各師団の地元には鯉之助から指示された品を輸送することとなった。

 何故、このような品物が必要なのか、理解出来なかったが、彼らは命令通りに近くの炭鉱から調達した。

 戦時増産で炭鉱側は難色を示したが、軍の指示であった上、通常価格の倍の予算を提示されたため、各社は喜んで指定された品物を提出した。

 そして、集められた品は鉄道と船を使って最優先で輸送され、各部隊に支給された。

 同時に鯉之助は、飛行船部隊に集結を命令。

 海援隊の化学工場にも指示を飛ばし、必要な物を詰め込んで送らせた。

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