潜水艇の脅威

 二〇トン程度の潜水艇、しかも魚雷を撃ち軽くなっていたため皇海のデリックで釣り上げて積み込むことに支障は無かった。

 潜水艇はそのまま釣り上げられて収容され、彼らは皇海の甲板に降り立った。


「報告いたします! 谷炎之助海援隊少尉は部下三名と共に第一潜水艇で旅順侵入襲撃を計画。実行するべく向かいましたが、途中流された上、機雷原に侵入し時間を浪費。遂行不可能と判断し反転。その途上、戦艦が接近。これを雷撃し、撃沈しました」

「ご苦労!」


 報告を受けていた鯉之助は真剣な顔つきで見ていたが、報告を受け終わると破顔して言った。


「戦艦一隻撃沈おめでとう少尉。しかも敵の旗艦ペトロハブロフクスだ。もしかしたらマカロフ中将も戦死したかもしれない」

「ありがとうございます長官」


 収容された皇海の甲板で炎之助は立派な敬礼を長官に向けた。

 鯉之助は苦笑したが受け入れた。


「よくやったな」


 答礼したあとの一言でようやく炎之助は笑った。

 戦果もそうだが、目標としていた父親に認められて純粋に嬉しかった。

 肩を並べる、とまではいかないが、ようやく、父親の足下に及ぶ程度には成長できたと炎之助は思った。

 炎之助が自分の成長と自信を感じた直後、後方で爆発音が響いた。


「なんだ」


 鯉之助達が振り返ると後続していた連合艦隊の戦艦白根の左舷後部に水柱が立っていた。


「砲撃か」

「いや、雷撃だ!」


 皇海の甲板が混乱する中、鯉之助は事態を理解した。


「敵の潜水艇だ」


 鯉之助は、ロシアとの海戦を見越して情報収集を行っていた。

 その中にロシアがホランド社にホランド艇――潜水艇を購入したという情報があった。

 ロシアの主力はバルチック艦隊であり欧州方面を重視しているから潜水艇はバルト海方面にいるだろうと予想していた。

 しかし、予想外に早く旅順に配備していたようだ。

 計算違いに動揺する鯉之助だが、今すぐ対処しなければならない。


「直ちに本艦を離脱させろ!」

「白根は」

「皇海まで沈めるわけにはいかない。第一二駆逐隊に白根救助と周辺警戒を命令しろ」


 沙織の言葉に鯉之助は苦々しく答えた。

 下手に皇海救援しようとすると巻き添えを食らい、沈んでしまう。

 ただでさえ貴重な戦艦を失うことは出来ない。一隻が損傷しているのにさらに一隻が損傷、戦力外となるのは太平洋艦隊との決戦、その後に続くバルチック艦隊との決戦に支障を来す。

 だから皇海に離脱命令を下し、駆逐隊に救助を命じた。

 そんな父親を炎之助は情けないと思ったが、指示を出してすぐさまブリッジに登り、周辺に目をこらす父の姿からは、必死さが伝わった。


「潜水艇は必ず居るはずだ。潜望鏡を探せ! 第一一駆逐隊にも周囲を捜索させるんだ」


 潜水艇なら戦果を確認するため、周囲の状況をみるために潜望鏡を上げているはず。

 離脱するにしても方向を確認するため出しているはずだ。

 皇海の直衛に付いている駆逐艦にも命じて哨戒させる。


「あそこだ!」


 炎之助は旅順方面の海面を指した。

 海から二本の筒が出ている。

 潜水艇の吸気口と排気口だ。


「砲撃せよ!」


 砲術長が副砲に命じる。

 目標が小さいために見つけにくい。

 その間に、敵の潜水艇から白い筋が皇海に向かって伸びてきた。


「敵魚雷接近! 直撃します!」


 見張が叫んだときには、魚雷は目の前に迫っていた。


「面舵一杯!」


 右舷から迫る魚雷に向かって転舵するよう鯉之助は命じた。

 だが、距離が近すぎる上に命令は遅かった。

 二万トン近い大型艦である皇海は旋回が遅い。

 回頭が終わるまでにどれだけ時間が掛かるか。

 幾ら高回転出来るタービンを活用し高速で逃げるにしても、停止状態から最高速へ加速するには時間が掛かる。


「魚雷接近! 回避不能!」


 万策は尽きたかに思えた。

 だが、皇海を救うべく魚雷に飛び込んでくる船影があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る