報道操作

「長官! 谷炎之助少尉、お呼びにより参りました」

「どうぞ」


 艦長公室に入れられた炎之助は敬礼し、安めの姿勢を取った。

 鯉之助は少し迷ってから話し始めた。


「ああ、炎之助」

「何でしょうか?」


 ようやく名前を呼んだが、真っ直ぐ見つめる目を見ると良い辛い。

 だが、必要な事と割り切り命じた。


「ペトロハブロフクス撃沈、非常に良かった。潜水艇による攻撃で戦艦を沈めた戦果は世界初だ」

「ありがとうございます。しかし、皇海が出てこなければ、ペトロハブロフクスは出撃しなかったでしょう。長官のご配慮のおかげです」


 礼を述べる炎之助に鯉之助は気恥ずかしくなった。

 炎之助の回収と敵の誘因を図り、皇海を出撃させた。

 そのことを素直に感謝してくれることも嬉しく思っている。

 それだけに余計に切り出しにくかったが、命じた。


「この史上初の戦果を挙げたので、大々的に公表する。ついては少尉には記者会見に出て貰う」

「……どういうことでしょう?」

「文字通り公表するんだ。潜水艇で戦艦を撃沈した。海援隊の戦果であると」

「自明の理ですが? 今更発表する必要など、誰もが理解できます」


 海戦で最も強力な武器は戦艦である事は自明の理であり、戦艦を何隻保有しているかはその国の実力を測る材料となっていた。

 そして攻撃力防御力に優れた戦艦は同じ戦艦でなければ撃沈できないとされていた。

 魚雷や機雷はその有用性が知られていたが、戦艦を撃沈した事例は無く効果に懐疑的な軍人もいる。

 やはり実戦証明以上に説得力のあるものはない。


「事実でも発表しなければ、世界の人に伝わるように発表しなければ意味が無いんだ」


 例えば21世紀では当たり前の交流電気を実用化したテスラは当時発明王だったエジソンとの確執があり、エジソンのネガティブキャンペーンもあって評価は低かった。

 エジソンが記者受けする発表の仕方をしたこともあり、影響力が低かったのも事実だ。

 発表の工夫一つで反響が大きくなるか小さくなるかを決めてしまうのだ。


「やり方次第で更に大きな宣伝になるんだ。一般人、日本であれ外国であれ何処の人間も軍事に詳しいわけではない。凄いと見せつける必要があるんだ」

「虚仮威しや誇張の類いに見えます」


 思春期らしい純粋な正義感から炎之助は反発した。

 鯉之助は自分も来た道であり、炎之助の感情を理解し、丁寧に分かりやすく説明し説得しようとする。


「追撃や戦果拡張の一種だと思え。今回の成果がどれほどの意味を持つか、ロシア軍に対抗する術がある事を味方に見せつけるんだ。そしてこれからは潜水艦の時代である事を知らしめるんだ」

「敵も潜水艇を保有し、攻撃を仕掛けています。現に白根と綾波が雷撃を受け、大きな被害を出しています」

「その印象、ロシア軍はやはり恐ろしいというイメージを小さくするためにも、少尉には新聞に出て貰う」

「損害を隠すんですか?」

「印象操作だ。損害を隠すつもりはない。だが、日本が今も有利でインパクトのある記事を出すことで損害は深刻だ、と思わないようにする必要がある」


 緒戦の戦果で歓喜に沸いている国民の士気を挫きたくなかった。

 まだ、始めたばかりで優位な状況である。

 このまま作戦通り進められるよう国民の支持が必要だった。

 足止めされるような事は避けたい。

 ロシアがまだ戦時体制に入っていない状況でどれだけ日本が優位な状況を作り出せるかが日露戦争の勝敗を決めると言って過言ではなかった。

 特に新聞社が多数出来て、報道合戦が繰り広げられている日本の現状ではネガティブな記事が出ると国民世論に動揺が走りかねない。

 下手に言論統制を行い反発されたら、戦争どころではなくなる。

 戦局を隠すための大本営発表をする気は無いが現実からかけ離れたネガティブ記事を書かれないようにする必要がある。


「日本が戦艦さえ沈める新兵器を持っている。これが必要なのだ。ただ戦果を報道するだけで無く誰がどのように沈めたかという物語が必要なのだ」

「童話の桃太郎や金太郎ですか?」

「そうだ、鬼退治に使われた刀やマサカリより、鬼を誰が倒したかが大事なんだ」

「了解しました」


 炎之助は鯉之助の命令を引き受けた。


「ですが自分は話し上手ではありません」

「一応、内容は決めてある。原稿に沿って話せば良い。細かい質問は報道官を付けるから答えるんだ」


 21世紀から転生していたためマスメディアや報道の影響力について鯉之助は身をもって体験している。

 そのため、早い時期から専門の報道官を常設し広報を行わせていた。


「……予め決めているのですか? 報道は自由だと思っていましたが」

「そうでもないよ。新聞も民間企業だ。購読者、いや民衆が読みたい記事を提供しないと売れないし会社を維持できない」

「確かにそうですね」


 ため息を吐きつつ炎之助は認めた。

 父が世界を股に掛けて仕事をしているのは知っているし、その時相手のニーズに合わせるために四苦八苦している姿を見たのは一度や二度では無い。


「何を語りたいのか分からないのだろう。今回の作戦内容をわかりやすい文章にして置くだけだ。貴官の言葉をわかりやすくしているだけだ」

「ありがとうございます。ですが」

「なんだ? 不満か?」

「いえ、自分の実力以上の事が起きているようで浮き足立っているといいますか」

「だな。それは否定できん。世間の評価は自分の自己分析より上と言うことが多からな」

「そうなのですか?」

「そうだ。私など常にそうだ。龍馬の息子と言うことで色眼鏡で見られたり、過剰な期待をされている」

「長官でもそうなのですか?」

「ああ、生まれたときからそうだ」

「失礼なことをお聞きしました。谷少尉、任務に入ります」


 炎之助に屈託の無い笑顔が戻った。

 ずっと世界を股に掛ける父親がコンプレックスだった。

 しかし同じ悩みを持っていることで炎之助は少し気が晴れた。

 この後、ピューリッツァをはじめとする記者達に炎之助は紹介され、若き海軍士官、海戦の新しい時代の武器、潜水艇を乗りこなす、と報道され一躍時の人となった。

 だが、戦争は始まったばかりだった。

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