旅順襲撃の成果

 ペトロハブロフクスが撃沈された翌日、仁川の港に入港した、いろは丸の甲板で大々的に戦果の発表が行われた。

 甲板には戦果を挙げた第一潜水艇と炎之助を初めとする四人の乗員が並び、ピューリッツァを初めとすると外国人記者と日本歩の従軍記者が集まっていた。

 周りには皇海から撮影されたペトロハブロフクス沈没の様子が写された写真もパネルで置かれており、戦果を大々的に発表していた。


 若き海軍士官、海戦の新しい時代の武器、潜水艇を乗りこなし世界屈指の名提督マカロフ中将を倒す


 日本艦隊の目の前でペトロハブロフクスが撃沈されたためロシア側も隠すことは出来ず、マカロフ提督戦死と共に発表せざるを得なかった。

 ロシア側から正式にマカロフ戦死が発表された直後という事もあり、ピューリッツァの書いた記事は瞬く間に世界中に報道され炎之助は一躍、時の人となった。

 これは記者会見が仁川で行われたことも影響している。

 円島への電信が敷設されて居らず、海外への発信が制限されていた。

 だが、仁川は元々中立港として発展し上海経由の電信が敷設されており、報道がし易かった。

 この点を考慮して鯉之助は発表の場を仁川に設定した。

 雷撃を受けて損傷しドック入りしている白根や綾波を見られないようにするための鯉之助の配慮もあった。


「上手くいったのう」


 その様子を秋山も一緒に見ていた。


「マカロフを討ち取るとはよくやったのう」

「もう少し上手くいくと思ったんだけどな」


 秋山の言葉に鯉之助は否定的に答えた。

 旅順の内部に潜入し攻撃を行えば、逃げられる場所がないとロシア艦隊は観念するかと思ったが失敗していた。

 防潜網はないので簡単に入れると考えていたがまさか機雷に阻まれるとは思わなかった。

 結局湾内に侵入することが出来ず、引き返した。

 収容のために皇海が旅順沖に進出したのが、幸いしペトロハブロフクスが出撃。

 これを撃沈する事が出来たのは幸運だった。


「二回目の攻撃を行おうとしたが無理だった」


 一回目の成功により、第二次攻撃を命じたがロシア側も潜水艇を保有しており、対策をとりはじめていた。

 内港へ通じる水路の最狭部に漁船の網を流用した防潜網を構築していると、昨夜侵入しようとした二号艇から報告があり、彼らは引き返してきていた。

 そのため、内港への侵入襲撃は、中止となっていた。


「防潜網をどうにかする必要がある」

「何か考えているのか?」

「ああ、だが、まだ先の話だ」

「旅順艦隊はまだ動けるというのがキツいのう」

「だが、マカロフが戦死したのだ暫くは出てくる事はあるまい」


 マカロフの戦死と戦艦の喪失でさらに旅順艦隊は劣勢に立っている。

 積極的な動きを見せることはないだろう。


「これで海上輸送は円滑に行えるだろう」

「だが、気を抜くことは出来ん。旅順艦隊も旅順も健在じゃ」

「同意する」


 秋山の言葉は事実だった。

 艦隊も要塞雄健在だ。

 特に要塞と海軍工廠設備が厄介だ。

 限定的だが修理設備を持っているため、損害を与えても復旧してしまう。

 艦隊が全滅するか、旅順を陥落させない限り、連合艦隊は離れることは出来ない。


「まあ、暫くは動かないだろう。この後の輸送も、作戦も上手くいくだろう」


 旅順艦隊が動けなくなったことにより、日本の黄海における制海権は確保され朝鮮半島への海上輸送路は確保された。

 これは朝鮮半島の確保を目的に戦争を始めた日本にとっては大きな勝利といえた。


「じゃが、いつまで持つことが出来るか。そもそも我々の敵は旅順艦隊だけではない。他にもウラジオストック艦隊がいる。この相手をしなければならないのじゃ」


 ウラジオストック艦隊は、巡洋艦四隻を主体とする艦隊で戦艦を複数持つ旅順艦隊に比べれば小規模だ。

 だが日本海に面しているウラジオストックを拠点としているため、日本本土の近海航路を襲撃しやすい。

 特に大陸への輸送路となっている下関~釜山の間の対馬海峡を攻撃しやすく、ここを攻撃されたら大陸に展開する日本陸軍の作戦行動に大きな支障をもたらす。


「まあ、そこは考えてあるし、備えもあるから大丈夫だが。それに第二艦隊を送っているだろう」


 旅順封鎖に一定の成果が望めたため、連合艦隊は装甲巡洋艦主体の第二艦隊を対馬海峡の警備に向かわせる事を決定。

 明朝にも出航する予定だった。


「だが、それまでに何も起きなければ良いがのう」


 心配する秋山に鯉之助は肩をすくめていった。

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