ツェザレーヴィチ
「大丈夫かゲオルギー」
倒れるゲオルギーを見てニコライは立ち上がって叫ぶ。
脇にいた侍従が慌てて駆け寄りゲオルギーの体を支える。
「無理をするな。体が弱いのだろう」
ニコライも慌てて駆け寄ろうとするがゲオルギーは手を上げて止めた。
「祖国とロマノフ王朝の事を思えばこれしきのこと、大事ありません」
ゲオルギーはそう言って立ち上がる。
だが身体はふらついており、顔色も悪かった。
「やはりツェサレーヴィチは荷が重かろう。間もなくアレクサンドラが息子をもうけてくれる。ツェザレーヴィチをおり、コーカサスの療養所に戻り身体を休めよ」
諫言を述べるようになり疎ましくんなった弟だが、やはり兄としてニコライは心配だった。
「お気遣いありがとうございます、兄上」
ゲオルギーは精一杯の笑顔を見せて言った。
「ですが病身であれど私もロマノフ王朝の男子。ロシアのために全身全霊を捧げなければ」
「最早十分に捧げている」
「いえ、まだ足りません。この戦争がロシアの為になるよう力を尽くさねばなりません。叙勲の他に戦費の調達や部隊への指示がありますので下がらせていただきます」
ゲオルギーはそう言い残してニコライの執務室から退室した。
「殿下、大丈夫ですか」
「大事ない」
顔面を蒼白にさせて戻ってきたゲオルギーを見て侍従が蒼白になった。だが、ゲオルギーは、騒がないように言いつけ、執務を再開した。
「陛下の許しが出た。戦功のある者に勲章を与えよ」
ゲオルギーは、御付武官に命じた。
「それとウィッテを呼んでくれ」
「ですが殿下。ウィッテは罷免されておりますが」
侍従が諫めようとした。
ウィッテは一鉄道員だったが、その優れた管理能力と運営能力で頭角を現しロシアの鉄道を発展させた。
その能力は先の皇帝に認められ鉄道大臣に就任、次いで大蔵大臣を務めロシアの近代化に尽力し在任中ロシアの国力を倍以上に発展させた功労者だ。
しかし対日融和策を唱えたウィッテは去年ニコライ二世により大蔵大臣を罷免されていた。
皇帝によって罷免された人物を登用するのは皇帝に異議を唱える、反逆しているとみられても、おかしくはなく、ツェザレーヴィチでも処罰される危険がある。
しかしゲオルギーは承知の上だった。
「私が助言を求めるために呼ぶのだ。外国、フランスから戦費を借り、戦地である極東を結ぶシベリア鉄道の能力を上げるにはウィッテの力が必要だ。ウィッテのアイディアを私の名で実行させる」
「わかりました」
皇帝に罷免された人間を登用することは陛下の許しを得ないと無理だ。
だがツェザレーヴィチである自分が話を聞いてツェザレーヴィチの名を以て実行すれば問題ないはずだ。
反ウィッテの一派からは反発されるだろうが、ロシアの為には気にしていられなかった。
「それとバルト海艦隊の極東派遣をすると公表しろ。艦隊司令長官は海軍侍従武官のロジェストヴェンスキー少将を」
「艦隊司令長官は中将が任命される慣例ですが」
「中将に昇進させるんだ。これは皇帝陛下よりかねてから内諾済みだ」
「は、はい、しかし艦隊の出撃には時間が掛かりますが」
バルト海結氷している事は勿論、艦隊の出撃には膨大な準備が必要だ。
何千人もの水兵を訓練し、彼らへの食料、船の燃料を手配する必要がある。
長期間の遠征となれば機関を予め整備し、遠征中に故障しないようにする必要がある。
命令してすぐに出航できるものではなかった。
「勿論準備が必要な事は分かっている。派遣する艦隊を万全にするためにもロジェストヴェンスキーには時間を与える。だが、艦隊を出撃させるとロシアが発表するだけで劣勢な日本艦隊は混乱する。回航してくるバルト海艦隊を迎撃すべきか、旅順艦隊を相手にするべきか、選ばざるを得ず、厳しい選択を迫られ窮地に立たされる。日本艦隊への圧力となり旅順の援護になる」
「分かりました。直ちに」
侍従は直ちに手配に入った。
もとより利発だったゲオルギーが病気が治ってからは、更に頭脳明晰になりまるで未来を見ているようだった。
事実、ゲオルギーは未来を見ていた。
何しろ未来から転生していたからだ。
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