第三部 鴨緑江渡河作戦

北海道沖通商破壊戦

 北海道、奥尻島沖を航行中の全勝丸は青森に向かって航行していた。

 小樽で仕入れた食品を運ぶためだ。

 鉄道と青函連絡船があるが軍隊輸送が優先され、一般の荷物が閉め出された。

 そのため小型の商船達に多くの貨物が回ってきていた。

 全勝丸もその一隻で船倉一杯に積み荷を積んで移動していた。

 大型船が大陸と半島への輸送に使われていることもあり、運ぶ荷物は山ほどありどの船も忙しい。

 どの船も向こう一年は遊んで暮らせるだけの収入を得ている。開戦して本の一ヶ月ほどでこれなのだから、長く続いたらどれだけ稼げるか分からない。

 心配だったのは、海援隊から警告されたウラジオストック艦隊の動きが活発化しているため、注意されたしとのことだった。

 確かにロシア艦隊に攻撃されたら撃沈されてしまうだろう。

 しかし稼ぎ時を見逃すことなど出来なかった。

 霧に紛れれば見つからず逃れられると考えて全勝丸は躊躇亡く航行していた。

 だが前方から雷鳴のような音が響いてきた。


「前方に光!」


 見張りが緊迫した声で答えた。

 前方にいる先に出た大型船奈古浦丸になにかあったのだろうか。

 続けて音が響く。

 事故ならば、助けなければならない。しかし、嫌な予感がする。


「反転する」


 船長は決断した。

 海の男として仲間の危険を見過ごすなどあってはならない。

 しかし、自分の船と乗組員を危険にさらしてはならなかった。

 結果的に船長の判断は正しかったが、遅かった。


「後方より船影!」


 後ろから接近してくる船影があった。


「機関全速!」


 機関室に命じ、最高速力を出させる。

 だが、船影は徐々に色濃くなりやがて霧の中から二本マストと三本の煙突を持ち青地に斜めの青い十字が鮮やかなセントアンドリュー海軍旗――ロシア帝国海軍旗を掲げた軍艦が現れた。

 軍艦は全勝丸を見ると艦首の主砲を発砲、停船信号を出してきた。


「機関停止」


 致し方なく全勝丸は機関を停止させた。

 ロシアの軍艦は近づくとカッターを出して、全勝丸にやってきた。

 そして、士官らしき人物がブリッジに上がってきた。


「自分はロシア帝国海軍装甲巡洋艦ロシア所属のウラジミール少尉であります」

「全勝丸の船長です」

「自分らは命令により北海道近海の通商破壊を命令されております。それに従い多数の商船を沈めております」


 士官の説明に緊張感が走った。

 自分の全勝丸も沈められてしまうのか、と思ったが、ウラジミールと名乗った士官は笑顔で頼み込んできた。


「実は、多数の商船を撃沈し乗組員を収容したため、彼らを乗せる余裕がありません。そこで、貴船に彼らを近隣の港に運んで欲しいのですが」


 その依頼に船長はほっとした。少なくとも沈められることはない。


「それならば喜んで」

「ありがとうございます。二百名もの商船の乗組員を乗せていくのは大変ですから」


 話を聞いて船長は驚いた。

 小さな自分の船にそのような余剰人員を乗せておく余裕はない。


「もう少し少なく出来ませんか?」

「船倉を空ければ余裕が出てくるでしょう」

「ですが」

「断るのなら、撃沈しますが」

「直ちに乗員に命じて投棄させます」


 荷主には申し訳なかったが、船を沈められては元も子もなかった。

 船員に投棄するよう命じ作業をさせている間にも、撃沈された船の乗員が次々と運び込まれてきていた。

 その中には奈古浦丸の乗員も含まれていた。

 捕まった商船の一部、夕張炭鉱の石炭を積み込んだ船は、ウラジオストックへ回航されるとのことで彼らはウラジオストックへ運ばれる。


「では、よろしくお願いします。ああ、そうだ。船長」


 下船しようとしたウラジミールは思い出したように船長に言った。


「津軽海峡に近づかない方が良い。あそこは我がウラジオストック艦隊が活動中で本艦ロシアをはじめ、グロモボーイ、リューリックが通商破壊を行っている。拿捕されないよう行かない方が良い」

「ありがとうございます」


 船長は礼を言って、疫病神を見送り、霧の中へ戻っていくロシアの軍艦を見送った。

 ロシア軍艦の船体にはБогаты́рьと書かれていた。

 だが誰もその読み方を知る人間は全勝丸の中にはいなかった。




 このような襲撃は北海道沿岸や秋田沖でも起きていた。

 そして、救助された乗員達は、襲撃した軍艦の士官が全員、所属をロシア、グロモボーイ、リューリックと名乗っていたと報告した。

 そのため海軍の担当者はウラジオストック艦隊が、対馬海峡付近にいると判断し警戒を命じた。

 しかし、疑問に持つ人間もいた。

 ロシアとグロモボーイは四本の煙突に三本マスト

 リューリックは二本煙突に三本マストでありどの船も一致しなかった。

 中には明らかに一〇〇〇トンクラスの自分の船より小さい一〇〇トン程度の船であった、という証言もあった。

 しかし、これらの分析は無視され、対馬から上村中将率いる海軍第二艦隊が津軽海峡へ向かう事態となる。

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