停戦の宣託

「どういうことだ」


 突如戦闘が停止して鯉之助は驚いた。


「前線部隊からの報告です。ロシア軍が白旗を揚げているそうです」


 一般に降伏旗と言われるが間違いであり、白旗は休戦旗だ。

 降伏のための交渉に掲げられることも多いが、使者を互いに送るため、戦闘を一時停止しようという希望を伝えるための旗だ。

 勿論掲げられたら双方戦闘禁止だ。


「戦闘力が無くなって時間稼ぎをしようとしているんだ。このまま攻撃を続行するんだ」

「白旗を乱用はしていません。受け入れるしかありません」


 乱用すれば国際法違反だが今のところロシア軍はそのような事はしていない。


「だが、あと少しで」

「いい加減にしなさい」


 沙織が鯉之助を止めに入った。


「戦闘は泥沼化しつつある。これ以上の戦いは不可能よ。弾薬も食料も足りなくなっている」


「むっ」


 沙織の言うとおりだった。

 予定よりロシア軍の抵抗が激しく急速に弾薬と食料を使い尽くそうとしている。

 これ以上の戦闘は無理に近い。


「それに東京とハーグから即時停戦し、講和の交渉を行うように訓電が来ています」


「まさか」


 停戦はともかく、交渉を行えというのが信じられなかった。


「本当よ。これが電文」


 才谷中将は直ちに現地指揮官と講和交渉を行うべし

 信任状は後日、送るものとし、事前協議を行い可能な限り妥結せよ


 ハーグにおいて現地指揮官同士の交渉により講和を行う事に合意せり

 直ちに交渉を開始されたし


「だけど、これが信じられるか」


「追伸があるわよ」


 とっとと馬鹿な戦いを止めて、講和交渉をしろ。ヘソを曲げて戦争をするな 龍馬


「……」


 紛れもなく鯉之助、龍馬の文章だ。

 偽電、ロシア側の工作とも考えられたが、こんなふざけた文章を送り出してくるのはこの世で龍馬以外にいない。

 真似するなど不可能だ。

 しかし、鯉之助としては、まだ納得出来ない。


「だが、あと一歩で」


「鯉之助!」


 なおも戦い安達、大慶の完全確保に執着している鯉之助を沙織は叱咤した。

 既に数日間にも戦いは及び将兵は疲れている。

 遼陽、旅順、奉天でも数週間に及ぶ戦いを繰り広げてきた日本軍将兵だが疲労は激しい。

 また短期決戦の為に用意していた物資が足りないのも事実だ。

 それでも大慶を手に入れようとして鯉之助は睨み返した。

 しかしそこへ、決断を迫るものが降ってきて鯉之助の背中に入った。


「冷たっ」


 突然の寒気に思わず声を上げる。そして落ちてきたものの正体に気がついた。


「雪」


 満州の冬は厳しい。

 本来なら既に冬営の準備をしなければ成らない。

 それを無視して、いや、冬が来る前に大慶を確保しようと鯉之助は考えていた。

 だが、雪が降り始めた今、タイムリミットとなった。

 勿論無理をして進軍する事も出来る。

 満州の雪は少なく、一度冬の初めに積もったら春先まで残るので積雪は深くない。

 だが、大地はツルハシも通らないほど硬くなる。

 そのような状態で露営するのは危険だ。


「……分かったよ」


 自分の計画が終わった事を悟った鯉之助は休戦に同意した。


「休戦を受け入れる。此方も白旗を揚げて交渉を受け入れると伝えるんだ。各部隊には戦闘中止」

「了解」

「ただし、再度戦闘出来るよう、補給と部隊の交代、負傷者の後送を忘れないように。戦争が終わったわけではないのだから」

「了解」


 沙織も反対はしなかった。

 休戦中に戦力を回復するのは当然の事だからだ。

 沙織はすぐに、各部隊へ連絡を行い戦闘を中止させた。

 一部ではなおも進撃するよう主張する高級軍人も多かったが、限界に達していること、特に物資が少ない事から戦闘は不可能と判断してり、強い主張はなかった。


「中将、向こうから連絡が入りました」


「どうした」


「このまま直接会談を行いとの事です」


「しかし、軍司令官同士で決めても」


「いいえ、極東総督です」


「極東総督、というと」


「ゲオルギー殿下です」


 皇弟の弟にして皇位継承権第二位。アレクサンデルが生まれるまでは第一位だった人物。

 そして、本来なら既にこの世を去っている人物。

 なのに生きている上に、様々な干渉を行いロシアを生き延びさせている人物。

 確実に、転生者だ。


「よし、会おう。承諾すると伝えてくれ」


「分かったわ」


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