捕虜交換の申し出
「出撃した部隊の一割に死傷者が出ました」
「日本軍め、兵力を引き抜いておきながら防御に手抜かりなしか」
損害報告を聞いたコンドラチェンコ少将は、苦虫を噛みつぶすように言った。
戦場清掃のための休戦に同意したが、その間に日本軍が急速に兵力を抜いていることが分かった。
密かに調べたところ、休戦期間を利用して北方の遼陽で行われている会戦に援軍を送っているとの事だった。
奪われた外郭を奪回し、包囲している敵軍を撃破する好機とみたコンドラチェンコ少将は直ちに反撃準備を行い可能な限り、兵力を集中。
休戦期限が切れると同時に攻撃を開始した。
だが、鯉之助が予想していて既に日本軍は、迎撃準備を整えていた。
奪った外郭の各陣地には機関銃が据え付けられ、背後の山々の陰には砲兵が進出しロシア軍を待ち構えていた。
出撃したロシア軍は、何もない平野を突き進み、日本軍が待っている陣地へ突入。
稜線から放たれる、機関銃の雨と、山の背後から放たれる無数の砲弾の前に、死傷者が続出する。
先日までの立場は逆転し、ロシア軍は大損害を受けた。
残った防衛線を守る為に抽出出来た兵力が少なかった事も災いし、ロシア軍の攻撃は失敗した。
再度の出撃は不可能となり、旅順に籠もるしかなくなった。
「ひたすら守るだけか」
要塞に立てこもれば日数は稼げるだろう。だが、一方的に攻撃されるのは精神的にキツい。
敵からの攻撃を受け続けては士気に関わる。
攻撃してくる敵に何とか反撃し、一矢を報いることで精神のバランスを維持しなければ到底、立て籠もることなど出来ない。
もし、籠城している兵士の精神が、敢闘精神が失われたら、城は簡単に落ちてしまう。近代要塞である旅順も例外ではなく、簡単に陥落してしまう。
何とか士気を上げようとコンドラチェンコ少将は頭を悩ませていた。
「閣下! 日本軍が使者を出しています」
部下の報告で外を見ると休戦の白旗を掲げた日本軍の使者がやって来ていた。
「どうしますか?」
「会おう、少しでも時間を稼ぎたい」
先の出撃で受けた損害を少しでも回復するための時間――兵員の休息、武器弾薬の補充など、やる事は一杯あるし、時間は何よりも貴重だ。
少しでも時間を稼ぐために、コンドラチェンコ少将は日本軍の使者と会うことにした。
「それで何の用でしょうか? 我々に降伏するなら歓迎しますよ」
簡単な自己紹介のあと、強がりを含めてコンドラチェンコ少将は強がりを言った。
だが、日本軍の使者、鯉之助は涼しい顔で受け流した。
「我々に降伏してくださると嬉しいのですが、その前にやっておこうと思ったことがありまして。捕虜交換はどうでしょう?」
「なに?」
「ロシア軍が捕らえている我が軍の将兵と、此方が捕らえている将兵を交換するのです」
鯉之助の提案にコンドラチェンコは、迷った。
確かに魅力的だ。
少数とはいえ旅順要塞の中には日本軍の捕虜がおり、国際法に従い捕虜は飯を食わさないといけない。そして監視のための兵力が必要だ。
それを厄介払いした上に、戦闘で減少した見方の兵力が戻ってくる。
兵員が少なくなっている現状では、ありがたい。
幸い食料もまだあり、ある程度の兵員増加でも要塞内で賄える。
だが、それは日本軍も承知しているはず。
なのに、どうして捕虜交換を持ち出すのか。
「ご返答を」
「……承諾する」
危険と思ったが、コンドラチェンコ少将は承諾した。
今は一兵でも兵力が欲しい。要塞の修復や、予備兵力に人員が必要なのだ。
だが、コンドラチェンコ少将は後悔した。
捕虜収容所から解放されたのが前要塞司令官ステッセルとフォーク少将、そして、フォークを指揮官とする東シベリア狙撃兵第四師団の将兵だった。
「二人を解放するのか」
ステッセルとフォークが解放されること知り驚いたコンドラチェンコ少将は鯉之助に問いただした。
「ええ、南山で勇戦敢闘した二人を解放するなど、我が軍が不利になります。しかし、あなた方が捕虜を解放してくれるのであれば此方も相応の方々を解放しなければ釣り合いが取れませんし、日本軍の名誉に関わります。それとも何か問題でもありますか」
「い、いや」
敵軍の将軍を前にしてコンドラチェンコ少将は何も言えず、二人と将兵を引き取るしかなかった。
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