砲弾製造能力
「では、どうしろと」
脅かすような、そして認めがたい現実を伝える鯉之助の言葉に参謀は尋ねた。
「ロシア軍を包囲殲滅するしかない」
「しかし、戦ったばかりで武器弾薬の補充が、特に砲弾が足りません」
現状、砲弾不足は深刻だった。
三三年式野砲と山砲はロシア軍の大砲を圧倒している。
毎分最大十発という速射能力が制圧能力を与えてくれているが、これは砲弾消費量の増大という負の面を与えた。
二十分も最大火力で打ちまくれば二〇〇発もの砲弾を消費してしまう。
照準の修正、砲員の疲労、敵からの回避のための陣地変更などで毎分一〇発など出来ないが、数日にわたる会戦だと定数、一門当たり二〇〇発などあっという間に消費する。
日本軍の常備歩兵師団の数は現在一三個、一個師団当たり三六門の野砲もしくは山砲を保有しており大砲の定数は四六八門。
定数二〇〇発なら九万三六〇〇発。
しかもこれは、常備師団の数だけで、新たに設立された外人、海兵、山岳などの師団は含まれていないし、本土では四個の新設師団を編成中だ。
おまけに要塞戦をしている第三軍は、旅順要塞と砲撃戦を繰り広げており、砲弾が幾らあっても足りない状況だった。
さらに野砲よりも重たい一二サンチ以上の野戦砲を運用する野戦砲兵旅団も編成されていて砲弾は幾らあってもたりない。
史実では一門当たり三〇〇発の支給を要請する第三軍のまともな要求を、満州軍総司令部は一〇〇発の砲弾備蓄にも難儀している、と言って却下したほど、砲弾を使うし日本の砲弾生産能力は小さい。
日本陸軍の東西工廠の平時の生産数は日産三〇〇発。
到底足りない。平時の訓練ならば十分な数だが、戦時には足りない。
民間の工場でも生産させていたが、工場がポンド法の機械を使っていたためメートル法で設計されている陸軍の砲弾を作るのに微妙に寸法が違い、不合格品が多数出ていた。
「次の会戦に備えて備蓄するしかない」
工廠による指導による改善と海援隊の協力――海外輸出用砲弾製造ラインを作り戦時転用に備える、各種工場の転用可能かどうかを平時より調査し、開戦前より戦時量産開始、ハーバー・ボッシュ法による肥料生産から火薬製造への転換などにより、日産一万発の能力を得ていた。
だが、砲弾の消費が激しく、これだけでは足りない。
そして本土から戦場まで遠い。
船で一挙に運びたいが、満州平原での戦いのため、陸揚げする必要があり、輸送能力の不足から前線で砲弾が不足してしまっている。
それでも備蓄しなければならない。
日本軍が準備不足でもロシア軍は待ってはくれない。なんとしても砲弾を、せめて定数の三倍、一門当たり六〇〇発を備蓄したい。
連隊の持ち分の他に、軍、満州軍でも各二〇〇発ずつ、合計六〇〇発は備蓄してロシア軍を迎え撃ちたい。
「全力でロシア軍を包囲できるように兵力を集める必要がある。今年は間もなく冬ですから無理でしょう。年明けに補給を整え、ロシアの準備が整わないときに先手を打って攻撃するしかありません」
「しかし、何処にそんな兵力が」
「旅順の第三軍だ。旅順を早期に陥落させ、第三軍を北上させ兵力を対等にする」
鯉之助の提案は的を外れたモノではなかった。
史実でも遼陽でのロシア軍殲滅に失敗した日本軍は第三軍の旅順陥落を待つべく、戦線を維持。
旅順陥落後第三軍の合流を待って、奉天会戦に臨んだ。
「しかし、旅順は落ちないでしょう」
「兵力を増強する。満州軍主力は沙河で防御陣地を作り、ロシア軍を待ち受けつつ次の攻勢準備。防御を整えたら、一部は第三軍への増援として送り込む」
「敵が攻めてきたら?」
「陣地に籠もって機関銃で迎え撃てば良い。旅順を落としたらすぐに北上する」
「それしかなか」
黙っていた総司令官大山巌大将が言った。
普段部下に任せておくが、上手く自分の考えを代弁してくれる、あるいは真っ当な意見に対して認めるような言動をして誘導している。
名将というが結構な狸だ。だが、間違った判断は下さないので安心出来る良い指揮官だ。
「しかし旅順は上手くいきますか?」
大山が聞いてきた。
方針を認めておきながら、方法を尋ねてくるのだ。
いや、この場合、皆に方針を周知させるためか。いずれにしろ、上手い寝技と言える。
だから鯉之助は迷うことなく、方法を説明した。
「できる限り、旅順攻略の手立てを打ちます。今すぐにでも次の総攻撃の準備を始めますよ」
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