縦深突破

「粘り強いなロシア軍は」


 前線を視察していた鯉之助は呟いた。

 昔からロシア軍は防御に定評がある。

 一度作り上げるとねばり強く陣地に籠もって戦い決して退かない。

 独ソ戦でもブレスト要塞やセヴァストポリ要塞でねばり強く戦った記録があり、ドイツ側から称賛されているほどだ。


「だけど猛烈に抵抗するロシア軍の陣地を攻略出来るの?」


 沙織が話しかける。

 確かに圧倒的な兵力差だが、正面攻撃を仕掛けたら大損害、突入した兵力の七割が死傷しかねない。

 決して想像の数字ではない。

 史実の旅順攻略戦では一回の総攻撃で七割から八割の損害、死傷者を出した部隊が続出している。

 大慶、安達で今行っている戦いは、野戦陣地だが、防御の強さでは、ひけをとらない。


「浸透戦術でも行うの?」


「無理だ。探照灯や照明弾を打ち上げているから、動いたらすぐに見つかる」


 陣地の間隔は十分だが、敵も警戒していて、探照灯を配備して照らし、日本側の浸透部隊を探している。

 敵の陣地奥深くへ突入する前に発見され、十字砲火を浴びて全滅する可能性が高い。


「正面突撃を敢行させる気じゃないでしょうね」


「大丈夫。考えはある。連中を制圧すれば良い」

「大砲が足りないでしょう」


 鉄道の敷設が遅れており、弾薬は勿論、大砲の輸送に時間が掛かっている。

 一部の部隊、列車砲部隊はやって来ていたが他の部隊は展開や通信網の整備に時間が掛かっており、攻撃に参加出来そうにない。


「なに、方法はある。新兵器を投入すれば良い。予定通り、明朝攻撃を開始する」

「迫撃砲も足りないでしょう」

「補完するための装備も用意している。これで一挙に制圧する」




「攻撃開始!」


 決戦の日、攻撃は日本軍の砲撃から始まった。

 全ての戦線で砲撃が行われ、ロシア軍陣地に砲弾が撃ち込まれていく。

 勿論、これらは全て陽動攻撃だ。

 砲撃で混乱させ、一部被害を与え、あわよくば補充に予備兵力を当てさせる。

 全域で砲撃する事で、敵に目標を悟らせないようにする意味もある。


「いいな」


 砲撃の様子を見て、鯉之助は言う。


「第二段階へ移る。攻撃開始だ!」


 合図と共に戦線中央に配備された第四軍が攻撃を開始した。

 彼らの持てる火力と後方の重砲旅団の支援もあり、ロシア軍を痛打する。

 だが、攻撃は大砲だけではなかった。

 前線に多数配備されたロケット弾による砲撃が加わった。

 ロケット弾の歴史は古い。

 近代的なロケット弾はインドで英国軍がマイソール王国を攻めた時、彼らが使った木製のロケット弾の性能を見て、自軍に取り入れたことから始まる。

 外観は巨大なロケット花火だがアメリカ独立戦争やナポレオン戦争で使われ、英国軍の主要兵器となる。

 大砲の発展により衰退するが、鯉之助は価値を見いだしていた。

 特に前線での攻撃前の制圧射撃に使える。

 砲身のような重量物が不要で物干し竿に並べるだけでも発射出来る。

 一番大きいのは量産性で、簡単に生産出来る上に、軽量なため、大量に運び込むことが出来る。

 鯉之助はこの点を最大限に利用した。

 攻撃が行われる前、前線でロケット弾を一斉発射。

 ロシア軍の陣地に降り注いだ。

 一発一発は威力が無いが、数十万発のロケット弾の一斉弾着によりロシア軍の陣地は一時的に制圧、火力による反撃がなくなった。

 そこを前線にいた第三軍が突撃した。

 ロシア軍の陣地へ真っ正面から突撃。反撃が行われる雨に敵の陣地に入り込むと制圧する。


「第四軍に命令、突入せよ」


 第三軍第一線陣地を制圧し突破口を開くと、野津率いる第四軍が突入した。

 第四軍は第三軍が制圧した陣地を通り抜け、後方の陣地に向かって躍進していく。


「縦深突破か」


 報告を受けたゲオルギーは絶句した。

 旧ソ連軍が基本戦術として採用したのが縦深突破だ。

 まず第一波が、敵の前線へロケット弾攻撃を含む総攻撃を仕掛け制圧する。

 制圧した箇所を突破口にして後方にいる第二波が敵の戦線の後方へ進軍し制圧地を広げる。

 圧倒的な兵力差を使って、敵を制圧する戦法だ。

 莫大な人口を誇るソ連だからこそ出来た戦法だ。

 現在は日本軍の戦力が多いため、日本軍が使える状況だ。


「だが、上手くいくかな」

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