明治帝崩御

 鯉之助を乗せた飛行船は海上を飛行――陸地は山などで遮られるし高度を上げようとすると余計に浮力を使う為、搭載力が低下するので可能な限り海上を飛ぶ。

 羽田の飛行場へ到着した。

 飛行船の適地としては金属が錆びにくく静電気も発生せず広い平面となる湖上が良いとされ、霞ヶ浦に飛行船の製造工場と共に建設されたが、東京から遠いため、近い羽田に飛行場が作られ、発着地に使われている。

 鉄道も通されており、新橋駅まで簡単に移動できる。

 本来は航空郵便と浮力ガスの水素ガス輸送の為だが、旅客には有り難いことだった。

 新橋に着くと、すぐに皇居へ向かう。

 危篤の報道がなされており、二重橋前は治癒祈願のためお祈りに来ている人々が多い。

 その中をかき分け、皇居に入る。


「陛下の具合は、どうですか」


「昏睡状態じゃ」


 既に入っていた龍馬が伝えた。


「侍医の話では尿毒症じゃそうじゃ」


 史実通りだ。

 糖尿病からくる尿毒症だ。

 腎臓が不全となり尿素その他の廃棄物が身体の中に溜まり身体が機能不全を起こす。

 こればかりは人工透析しないといけないが、明治の技術では無理だ。

 

「今は御座所で看護の心得のある女官が看病している」


 本来なら自身の寝室、御内儀で休養して貰いたい。

 だが、宮中のしきたり「病や死などの汚れを日常に持ち込んではならない」という古来からのルール。

 そして天皇の寝室へは入れるのは、皇后とそのお付きの女官だけで侍医は特別に入れるが、十分な看病が出来ない。

 そのため、御座所が臨時の病室となり看病を行っている。

 しかも宮中のしきたりにより看護婦も勲五等以上、五位以上の位階を持つ人間で無ければ陛下の身体に触れることも出来ない。

 五位以上の女官が看護することになるが、医学の心得があるか不明だ。

 ここは改変するべきだが、西洋化があまりにも急速すぎて日本古来の伝統が失われる事を恐れて一部でブレーキが掛かってしまった。

 致し方ないとはいえ、悔やまれることだ。

 見舞いを終えた後も高位高官が集まり、皇居前広場の群衆は増えている。

 しかし、願いはむなしく7月30日午前0時43分崩御が発表された。

 本当は二時間前だが、践祚――皇位継承の儀式は崩御当日に行わなければならず、一日の終わりが一時間前では何も出来ず、やむなく二時間後ろにずらして発表された。

 これもやむを得ない。

 新聞発表、人々の注目を集める為、朝刊の締め切り前に死を修正するよりかはマシだ。

 日本ではないが、欧米では王室が存続のために広報戦略の一環として時間をずらすあるいは安楽死させる事があると聞くがそのような事が無いのは幸いだ。

 ともあれ、一つの時代が終わった。

 日本にとって、戦国時代と並びあまりにも劇的すぎる時代が、終わったのだ。

 ホッとするような、さみしいような感じだ。


「ほれ」


 龍馬が黒い布と紐を渡してきた。


「喪章じゃ。流石に付けんとな」


「ええ」


 受け取った鯉之助は左腕に黒布を通し、軍刀の柄に喪章を垂らした。

 これが正式な喪に服す形だ。

 ただ葬儀などの奉り方については明文化されておらず、明治になって社会の変化が大きすぎることもあり先例踏襲だけでは無理だった。

 これも明治が日本を大きく変えた証拠、といえたが、混乱を招いたことは否定できない。

 一連の事を前例なしに進める事になり、鯉之助も手伝いにかり出された。

 陵墓一つとっても大きな事だった。

 崩御が公表されると東京市が陵墓の造営地として東京市が選ばれるよう市議会および渋沢栄一ら財界人と共に嘆願してきた。

 ただ、直後に公表された明治帝の遺志、伏見桃山に葬られることを先帝が願っていたため、東京案は流れた。

 代わりに記念する施設、神宮を建設する事を提案し、東京市が喜んだ。

 場所は代々木の御料地と青山の練兵場――武器の進化、小銃の射程延伸に伴い手狭になり郊外へ演習場の移転が始まっていたこともあり、内定した。


「あんな木一本もない野原にどうやって作るのよ」


「林学の専門家達に任せるよ」


 21世紀の明治神宮を見たら想像も付かないだろうが、元は植樹による人工林だ。

 木を植えた後は賛同の落ち葉を森の中に戻すだけで、自然任せだ。

 ただ、温暖で煙害などで枯死が起こりやすい東京の特性上、神社で植えられる杉などの針葉樹ではなく楠などの広葉樹が植えられることになった。

 このことを時の首相大隈重信が反対したが、造林責任者が


「総理閣下が杉を植えよとおっしゃるなら植えましょう。しかし、杉が育つことに関しては一切の責任はとれません。神宮の杜が育たなかった時の責任一切は総理が負ってください。私は私がたてた計画でなければ、私自身責任を負いきれません」


 といって、当初案通り広葉樹で植樹される事になった。

 そうした諸事を果たしつつ、鯉之助はやるべきと決めた事をやりに行った。

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