満州帝国建国

 北京からの専用列車が奉天に着くと、乗っていた宣統帝――当時わずか五歳、即位して三年目のため父親である醇親王が摂政として代理を務め、清王朝の終焉と満州帝国の建国を宣言し、奉天を新京と改めた。

 一応、中華民国の支配を良しとしない、官僚達や高官を引き連れ来ていたが、これまで清国の改革が出来なかった、いや妨害ばかりしてきた無能達だ。

 役に立たないので、日本などから政治的処理や事務に詳しい人間を呼び寄せる必要があった。

 特に清王朝の財産管理は困難だった。

 三百年近くも続いた絶大な王朝だけに、歴代皇帝が所蔵した宝物の数が多い上に、目録が未整備だった。

 そのため、横領されることが度々あり、散逸した物も少なくない。

 今回の輸送の為に、後日紛失があったとき日本側の失態ではないことを証明するため目録を作ろうとした。

 だが、目録が完成した当日、横領がばれるのを恐れた宦官が証拠隠滅のために宝物庫へ放火。

 しかも罪から逃れるため、放火の原因を鯉之助達日本軍によるものと外国の新聞社に訴える始末だ。

 これには鯉之助もウンザリしたし、醇親王も呆れ、宦官全員を首にして代わりに日本人官僚を入れるほどだ。

 そのため日本による満州帝国支配と言われる始末だが、致し方ない。

 醇親王と後日、成人した溥儀に感謝の言葉を頂いた。

 こうした建国に伴う様々な調整や仕事、国境線の確定、日本の権益の継承、各国の承認、予算の獲得のための国債発行――勿論日本や海援隊の市場で行う。

 これらの仕事を鯉之助は手早く済ませる。

 特に満鉄と地下資源の採掘権は重要なので確約させる。

 代わりに満州の防衛に力を注ぐ必要があるが、これは必要経費だ。

 他国に奪われないためにも、これらは死守するつもりで確実に取りに行った。

 全てが終われば、渤海と大慶の油田開発を進める。

 満州帝国にも利益をもたらすし、中華民国は内紛で忙しくなっている。

 手出しは出来ない状況だ。

 これには日本の元老も満足しており鯉之助が元老に加わる事に反対する者はいないだろう。

 そうやって満州での地固めを行っていると七月二〇日になって明治天皇が急に倒れたと電文を受けた。


「東京に戻る。手配を頼む」


 鯉之助はすぐに、新京郊外に作った飛行場へ行き、海援隊が経営する航空会社の定期飛行船に乗り込み、空路で東京まで僅か一日で飛行し、到着する。

 陸も海も乗り換えなしに移動できる飛行船事業の整備は最優先で進められており十数隻の飛行船が日本と大陸の各地を結んでいる。

 まだ不安定なところが多いが、高速移動が出来るメリットが大きい。

 大陸との連絡に非常に有用なため、日本政府も援助している。

 各地でも飛行船を呼び寄せようと飛行場用地を無償提供する地域さえ出てきており、航空網は順調に伸びつつあった。

 日本の飛行船の活躍に触発されて飛行船の本家であるドイツでも飛行船への投資が伸びており、都市間飛行が盛んになりつつあるという話しだ。


「もうすこし、広ければ良いんだけどな」


 ラウンジに座る鯉之助は呟いた。

 飛行船は巨大な船体にもかかわらず、搭載量も居住スペースも小さい。

 空気という軽い物質に浮かぶには更に軽い気体を大量に封入する必要がありどうしてもサイズが大きくなる。

 それでも居住スペースは限られている。


「これでも大分広くなったでしょう」


 沙織は窘める。

 初期の飛行船はキールの両脇に座席があるだけの個室が並ぶという単純な作りだった。

 しかし、大型化と改良を重ね、居住スペースを広くして歩き回れる程度にはなった。

 それでも狭い。

 そこで共用スペースのラウンジと食堂を広くして、個室を狭くすることで広く感じるように設計した。

 個室は寝るための最小限のスペースにして日中は広々としたラウンジで過ごさせることで、開放感を与えている。

 それまで狭い飛行船に乗せられていた乗客からはかなり好評を頂いている。


「それでもまだ狭いよ」


 だが、鯉之助にはまだ不満だ。

 全体的に小さく航続距離が短い。


「太平洋を横断出来るくらいにはなって欲しい」

「無茶な事を言うわね」

「移動に数週間もかかるのは時間の無駄だ。飛んで一日で往復出来るようにしたい」

「一日で横断なんて無茶でしょう」

「まさか、東京からワシントンあるいはロンドンまで一日で行ける様にしたい」


 鯉之助の言葉に沙織は呆れるしかなかった。

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