中国分割の訳

「それ、本気にする人間が出てくるわよ」


 外国の後ろ盾が出来たら反乱を起こす軍閥は確実に出てくる。

 近代化が遅れた中国において列強の最新兵器は羨望の的だ。

 手に入れたら他の軍閥、いや今度出来る中華民国の部隊にさえ勝る事が出来る。

 中華民国でも制圧するには骨が折れるはずだ。


「中国を分割しての植民地化を進める気なの」


 話しを聞いていた沙織は呟いた。

 鯉之助の企みが実現したら確実に中国は複数の国に分裂して仕舞う。

 そうなれば列強に切り分けられてしまうのは目に見えている。


「いやいや、中華民国の中央集権化に反対する省が独立するだけだよ。せいぜい、保護国程度の後見で独立を認めるよ。むしろ完全に独立して貰いたい。列強や中華民国の支配をはねつけるほどに」


「どうして、そこまで分割するの……」


 そこまで言って沙織は気がついた。


「強力な中国を作らせないため、分裂状態に置くわけね」


「その通り」


「中国を解体する気なの。欧米と対抗する為に一つの中国が必要じゃないの?」


「強すぎる大国なんて友好国としても危険すぎる。幾ら料理に強火が必要でも、強すぎれば火事になる。今は良くても後々、対立した時に危険だ」


 21世紀、発展した中国が周辺国と軋轢を生んでいるところを鯉之助は知っている。

 そもそも地政学的に近接島である日本は、海洋国家として近隣の大陸に強力な単一国家が現れるなど最悪の事態だ。

 イギリスがヨーロッパで大国となったのは島国である事を利用し、大陸の複数の国家と同盟と対立を繰り返してきたからだ。

 例えば、スペインと戦争になった時はオランダと同盟して戦った。

 スペインを下した後、オランダと対立するようになってからは、フランスと同盟。

 フランスと対立し始めるとドイツ諸国と同盟して戦争を行った。

 複数の国家と手を結び、対立すれば手を離して新たな国と同盟する、選択肢を常に複数保有し状況に応じて使い分けてきたのだ。


「大陸に強大な単一国家が出来るなんて島国には悪夢だよ。日露戦争以上の凄惨な戦争が起きかねない。」


 中国単一だと選択肢は狭まってしまう。

 かつてのロシア帝国のように日本の脅威になって仕舞い、単独で戦う羽目になる。

 選択肢を広げるため、無用な軋轢や脅威に日本が晒されないよう、複数の選択肢が得られるよう、中国を複数の国家に独立させ、それぞれ牽制しつつ抑制しあってもらう。

 そして共通の外敵を協力して撃退するのが、鯉之助にとっての理想だ。

 そのための布石だ。


「既に福建に手を伸ばしているよ。独立工作は順調だよ」


「手早い話ね」


 台湾の対岸にある福建へ人員を送り独立工作を進めている。

 日本の援助と後ろ盾があるだけに乗り気だ。

 台湾と対岸にあるだけ福建との交流は多く、工作も順調。

 恐らく成功する。

 さらに、イギリスは広東近辺、フランスは雲南周辺で活動を強めている。

 ここも独立する可能性が高い。


「何というか、悪辣ね」


「日本が長く平和に生き残るためだよ」


「自分が死んだ後のことまで考えるの」


「それが国家の基本だろう」


 その時は大した事ではないがいずれ大きな転換点になる事は多い。

 今が、将来巨大な中国となる中華民国を分裂させ、その芽を摘む。

 これが日本の将来の為に鯉之助が描いた地図だ。


「孫文さん悔しそうだったわよ」


「孫文兄ちゃんにはここで泣いて貰おう。まあ、いずれ建国の時、資金援助して助けよう」


「どうせ債務返済ができなかったら権益を奪って日本のものにする気でしょう」


「当然だろう」


 事もなげに言う鯉之助に沙織は呆れた。


「中華民国は怒りそうね」


「大丈夫、袁世凱に密かに支援すると伝えている」


「どういうこと?」


「袁世凱は北洋軍閥だ。北京周辺に自分の地盤を持っている。対して孫兄ちゃんは上海や広東に地盤がある。袁世凱に支援すれば、孫兄ちゃんを弾圧する。そして満州帝国へは手を出さないようにする」


「……何というか、悪辣ね」


「日本が長く平和に生き残るためだよ。中国には内紛で争って貰う」


「自分が死んだ後のことまで考えるの」


「それが国家の基本だろう」


 その時は大した事ではないがいずれ大きな転換点になる事は多い。

 今が、将来巨大な中国となる中華民国を分裂させ、その芽を摘む。

 これが日本の将来の為に鯉之助が描いた地図だ。

 事もなげに言う鯉之助に沙織は呆れた。


「さて、合意はとれたし、あとは新京へ宣統帝を特別列車でお連れした後、東京へ戻るだけだ。新京へ行くまでは豪華で快適だよ。今回の骨折りの感謝の印としてお召し列車に乗せて貰えるからね」


 1908年に亡くなった西太后が気まぐれに奉天へ行く時、使ったお召し列車だ。

 16両編成という長大編成の上、四両からなる厨房車両は百人の料理人が配置され総計50の竈を使って、西太后へ毎食100皿もの料理を提供していたという。


「やけに急ぐのね。何かあるの」


「陛下の具合が悪いからね」


 七月に入ってから具合が悪いことは宮内省を通じて聞いた。

 また鯉之助は明治が45年で終わる事もメタ情報で知っている。

 出来れば、側に行きたいと思っていた。


「さっさと終わらせて東京に帰るとしよう」

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