軸流丸

「……?」


 秋山に翻意させ閉塞作戦撤回に成功したはずなのに、鯉之助の目の前にあるのは男泣きした広瀬の顔だった。


「作戦の為にそれだけの船を提供してくれるのか」

「いや、一寸待ってくれ」


 取引材料として軸流丸型三隻を出しただけであって本当に使用するつもりは無かった。

 というより海援隊隊士の前に貿易会社である海龍商会の一員として海上輸送の重要性は真之以上に身についている鯉之助だ。

 最新最大最速の貨客船はそれだけでもたいしたものだ。

 貨物船の最大速力が十ノット出るかどうかという時代に二〇ノットで航行出来る一万トンクラスの船舶は本当に貴重だ。


 軸流丸の詳細は

https://kakuyomu.jp/works/16816700428609473412/episodes/16816927859591150617


 それも三隻が閉塞作戦で成否にかかわらず失われるのは避けたい。

 失ったら戦争の輸送力、日本から大陸への航路へのは輸送、陸軍兵力の展開計画は勿論、戦後の貿易活動も影響を受ける。

 輸送計画を大規模に変更をしないとダメだ。

 何より友人である広瀬を失いたくない。


「いや参謀が中止と言っているなから」


 なんとか広瀬を翻意させようと鯉之助は試みる。


「必ず成功させる!」

「……分かったよ」


 広瀬の迫力に結局鯉之助も折れた。

 ここまで言われて撤回するなど出来ない。


「なら、他にも協力するよ。内燃機関を搭載した内火艇を搭載するから脱出用に使え。それと最新型の航海用の機材を積み込むからそれを使え。海援隊も艦艇を出して援護する」

「おい鯉之助」


 逆に狼狽え出したのは真之だった。

 確かに作戦を推進する立場だったが、最新最大最速の貨客船を使うほどでは無い。

 その貴重な輸送力が旅順艦隊の餌食にならないようにするために立案したのであって、失ったら本末転倒だ。

 そんな事をするなら閉塞作戦など止めた方が良い。

 なのに広瀬の一言で鯉之助も賛成に回り作戦成功のための協力しようとしている。

 最初は閉塞作戦への協力を求めて鯉之助の元を訪れた真之だが、今や自分の作戦を止める立場になっている。


「……真之、諦めろ」


 しかも鯉之助は真之の説得に回っていた。


「だがな」

「何とか代船を傭船出来ないか調べるよ」

「最新のタービン機関を搭載した大型船なんて大西洋にも無いだろうが」


 タービン機関を搭載した船舶は続々と進水してきていたが、主に建造しているのはイギリスの造船所と海龍商会傘下の造船所だ。

 それでも大型船への採用は技術的に未成熟なこともあり及び腰だ。

 軸流丸は、その未踏の分野に足を踏み入れた貴重な成功例だ。

 姉妹船が続々と建造されているが、完成はまだ先の話。戦争が始まって船が一隻でも欲しい現状では軸流丸は貴重な存在だ。

 それは戦時でも同じで大量の兵員を迅速に渡海させるのに必要だ。

 日露戦争では日本本土から主戦場である大陸へ海を渡って兵隊を送り込む必要があり高速大型船はダイヤより貴重だ。


「建造を早めるように依頼するしかないか」


 軸流丸の成功――タービンを搭載した貨客船が完成しただけで無く、経済的な成功、補助金なしに航海で黒字に出来たということが重要だった。

 今後、アメリカからアジアへ鉄道や工作機械を初めとする工業製品、あるいはアジアからアメリカへ農作物や鉱物資源や綿織物などの軽工業製品を運び込むのに活躍してくれるはずだ。

 その三隻は試作品と量産試作なので、現在建造中の量産型が就役すれば、無駄な部分が削減され経済性が更に良くなった姉妹達が出てくれば問題ない。


「だが軸流丸は海龍商会で使われているだろう。どうやって引っ張り出すんだ」


 だが就役してくれるまでは、貴重な輸送手段であり、時間がダイヤの粒より貴重な今、失われるのは痛い。

 旅順閉塞のため、通商路、補給路の安全確保のためとはいえ海龍商会や帝国陸軍が許してくれる見込みは殆ど無い


「頼み込むしか無いよ」


 鯉之助は諦め気味に答えた。喜ぶ広瀬武雄の姿を見たら断れない。

 最初は反対したが広瀬に言った手前今更撤回出来ず、進めるほか無い。

 父であり太平洋商会総帥の坂本龍馬をどうやって説得しようか、腹違いの兄であり海援隊司令長官の坂本獅子雄にどう切り出そうか、鯉之助は頭を悩ませた。

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