国債強制購入

「それでどうやって儂を納得させるんじゃ」


 海龍商会総旗艦いろは丸の総帥室で父である龍馬に閉塞作戦のために軸流丸を使いたいと切り出して聞かれた。


「最新鋭の船舶だ。これをどうするんじゃ」

「我が海龍商会の船舶であり資産だ。幾らお前が建造を主導したとはいえ、簡単には売れんぞ」


 お龍さんの息子で腹違いの兄であり海援隊司令長官の獅子雄も反対している。

 当然だ。

 海援隊は日本のために戦うが、臣下ではない。

 仲の良いお隣さんであり、一方的な存在ではない。

 武装しているが商社であり、経営しなければならない。

 大金を投じて作り上げた最新鋭の船舶を出すだけに非常に問題だった。


「日本政府に買い取らせます」

「ほう、政府に財源はあるか? 戦時国債は不十分だろう」


 ただでさえカツカツの明治政府の財政にこれ以上出費が出来る訳がなく獅子雄は否定的だった。


「発行を明治政府に認めさせます」

「どうやってだ」

「国民に強制的に国債を買わせます」

「そんなこと出来るか」


 いくら日露戦争に国民が熱狂しているからといって簡単に購入してくれない。

 既に販売は開始されており、開戦の熱狂で勢いで購入した層はもういない。

 新たに追加発行しても売れる見通しはない。


「徴税額に応じて強制的に買い取らせます」

「不満が出るのではないか?」

「いいえ、戦時生産体制に入ったために関連産業は活況となり給与も上がっています。そのため一部の民衆や資本家には金が回ってきている状態です。この格差を是正するために彼らの増収分、納税額に応じて国債を買わせます。企業も同じ処置をとらせます」

「そんなことを政府がやると思うか」

「アイディアを提示します。戦時会計が赤字で財源を求めています。のってくるでしょう。その代わりアイディア料として軸流丸を買い取らせます」

「馬鹿な」

「上手い手だのう」


 否定的に見る獅子雄と違い龍馬は乗り気になった。

 金を求めるのでは無く金を作るアイディアを政府に売り渡し代金として軸流丸を売り込む。

 財源が少なく、戦費負担が厳しい明治政府には魅力的だ。

 それに、鯉之助の言うとおり戦時産業とそれ以外の産業での賃金格差――軍需産業は仕事が多くなり残業も多くなるので賃金が増えるため、一般市民でも購買力の違いからインフレとそれに伴う困窮が問題になる。

 一定以上の所得に課税代わりに国債購入を強制する、後日償還されるか売り払うことが出来るのなら不満も少ないだろう。

 この方法は鯉之助のオリジナルでは無く、第二次大戦時の日本で行われたことだ。

 このときも物価を安定させるために一定の所得に対して国債の購入を強制した。

 この制作は一定の効果があり、戦時中は驚く程物価が安定していた。

 インフレになったのは終戦後、これらの規制が無くなったので現金が市場に流れこんだためと極端な物不足によるためだ。

 戦後も国債の売却を制限しつつ徐々に返して行けばインフレを避けられる。

 戦争中に戦後のことを考えるなど愚かだが、やっておかないと困ることになる。

 だから提案した。


「財源は出来るな。しかし、国民に不満が出るだろうな」

「金持ちに購入させるのですから貧困層の不満は少ないでしょう。納税者には選挙権はありますが反対すれば非協力者として糾弾されます。何よりロシアに負けては国が滅びます。何より、国債が紙くずにならないよう更に協力してもらえます」

「なるほどな、十分に検討に値する。政府の財源は確保できた。しかし、高速の大型船の代わりは?」

「揚武などを手元に戻します」

「大韓帝国海軍艦艇か」


 前年の大韓帝国皇帝高宗が前身である朝鮮王国国王即位四〇周年を記念する行事で礼砲を撃つために購入した船だ。

 元は海援隊が使っていた武装商船で備砲も搭載されていたが、旧式化していて廃船寸前だった。

 金のない大韓帝国はそれでよいと購入した。

 だが、その代金さえ支払える能力はなく、足りない分は高利で貸しにしている。


「日韓議定書の規定に基づき徴用しましょう。議定書を推敲する意思があるかないか確認するのに最適です。それと大韓帝国海軍の名前で外国船を何隻か買うか借り上げて、輸送に使いましょう。勿論金の出所は海援隊になりますが」

「まあ良いだろう。他の船が購入できないか探ってみよう。ドラゴン商会から手に入れる方法もある」


 非合法だったりグレーな取引をするときに海援隊が使うダミー商会がドラゴン商会だ。

 父親であるが自分の名前を英語にしただけの安直な名前だ。


「それならば船舶は手に入るな」

「ありがとうございます」


 だがそのような事はおくびにも出さずに礼を言った。


「というわけで、少し仕事を頼みたい」

「何でしょうか?」


 軸流丸の事もあり、ことわれる雰囲気では無い。


「なに、とある人物の便宜を図って欲しいだけじゃ。お主が呼びたいと思っていた相手じゃ」

「いらっしゃってくれますか」

「ああ、なんでもロシアと日本は断交すると予測して開戦前に米国を発ったそうだ。今は横浜だが、。すぐにでも戦場を見たいとこちらに向かっている」

「ありがとうございます!」


 開戦の情報を流すわけには行かなかったがそれとなく伝えることで、スクープの予感をさせる事で呼び出すことに成功した。

 これで少しは日本に有利な世論を作り出すことが出来ると思う。


「しかし、ぬしはわしと違って頭が回るのう」

「そうですか?」

「ああ、武市さんみたいじゃ。皆にも慕われておる」


 武市とは龍馬の幼馴染みで、土佐勤王党を作り上げた。

 藩外の攘夷派と手を結び、土佐藩を尊皇攘夷へ転換させた実力者だった。


「どうも」

「しかし、がむしゃらに向かっていくだけではダメぞ。命は大切にしちゃんせ」


 だが、攘夷を危険視する薩摩藩、会津藩による八月一八日の政変で攘夷が否定され政局が変わり、外部の支持を失ったため失脚。

 藩内で暗殺などのテロ行為を行っていたこともあり切腹を命じられた。


「心しておきます」


 同じように一心不乱に取り組みすぎ、道を誤らないよう鯉之助に言い聞かせる龍馬であった。


「……」


 だが獅子雄はそれが面白くなかった。

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