弓張嶺夜襲 後編
「突撃!」
小隊長の号令と共に相沢達は飛び出した。
急な坂を銃を抱いて駆け上がる。敵からの発砲はない。
いける。
と相沢が思った瞬間だった。
前方から連続した光が放たれた。
「伏せろ!」
敵の銃撃だった。
第一波の攻撃を受けて、相沢達が目標とした陣地が警戒態勢に入っていたのだ。
先頭を走っていた小隊長が銃撃を受けて倒れた。
小隊主力は、反撃するが敵の火力が圧倒している。
「班長」
「撃つな」
声をかけてきた部下に相沢は命じる。
幸いなことに敵は小隊主力の発砲炎めがけて撃っており相沢達には撃っていない。
とりあえずは安全だが、小隊主力がやられれば自分たちも危ない。
それに敵の陣地を確保しなければ相沢は何度も突撃することになる。
「続け!」
相沢は部下を引き連れて敵の陣地の横へ向かって背を低くして近づく。
敵は攻撃に夢中で相沢に気が付かない。接近すると匍匐前進に変えて進む。
そして、敵の陣地の真横に着く。
腰にぶら下げた手投げ弾を取り出し、安全ピンを外し頭を叩いて点火したのを確認すると敵の陣地の中に放り投げた。
爆発音が響き陣地が吹き飛んだ。
「突撃!」
破壊した敵の陣地に侵入する。
爆発で吹き飛び無人になっている。土嚢の壁に赤黒い壁画が出来ているが気にせず進む。
角を曲がると目が合った。ロシア兵だ。
拳を振るってくるが見極めて避ける。同時に銃剣を喉元に向かって突き出す。
鈍い衝撃が手元に伝わる。短い振動、鼓動を感じるが銃を揺らして傷口を広げる。
「がはっ」
気管と血管を傷つけられ口から血を吹き出すとロシア兵は力尽きた。銃の先がずしりと重くなる。
引き抜こうとするが、筋肉が収縮して引き抜けない。
引き金を引き、一発発射。反動で銃剣が抜けた。
その瞬間、目の前に新たなロシア兵が。後ろにいた兵が驚いて銃を撃ち、相沢の横を抜ける。
「撃つな!」
狭い場所では同士討ちの危険があって銃撃は危険だ。銃を振り回そうとしたが、長すぎて支柱に銃が当たる。
「くそっ」
その間にロシア兵は銃剣を突き出す。
しかし、相沢は地面にしゃがみ込み回避する。
銃剣の先端が軍服に触れたが布地の上を滑り、相沢の身体を傷つけることは出来なかった。
その間に相沢は足下にあったシャベルを手に取るとロシア兵に叩き付ける。
ナイフは刃が肉体に届かないと傷を付けることは出来ない。だが、シャベルは重く鈍器になる。服の上からでも重たい打撃を与える事が出来る。
苦痛を感じたロシア兵は、激痛で地面に倒れる。
そこへ相沢は何度もシャベルで動かなくなるまで叩き付けた。
「前進!」
動かなくなってようやく前進を再開した。
味方の増援が入ってきたようで、所々で喚声が聞こえる。
「相沢!」
「中隊長!」
中隊長が相沢に話しかけてきて慌てて敬礼した。
「そんなのはいい。それより兵隊を集めて進撃しろ」
「しかし、軍曹の役目では」
「戦死した。負傷者もいるし、はぐれているのもいる。今の小隊の最先任下士官は貴様だ。他の小隊長達にも仕事がある。兵隊を纏め、進撃を続行しろ」
「攻撃を続行するのですか?」
「ああ、追撃しなければ戦果は得られん。それに敵軍を包囲するためにも必要だ。兵を纏めて前進しろ」
「了解」
教導学校で下士官の教育を受けたとき小隊長および中隊長としての教育を受けた。
軍の基本単位であり兵の家である中隊の事を知らなければ下士官は務まらない。中隊長が中隊のために何を考えているか何をしなければならないか理解しなければ、下士官としての存在意義は無い。
その方針で教導学校では入学した下士官候補生を輪番で教育隊の中で中隊長に任命し教育と経験を与えた。
短期間だったが、中隊の下士官として必要な教育であり血肉となっている。
だから小隊長としての役割、中隊に必要なことは理解していた。
「小隊集まれ! これより進撃する! ロシア軍を追撃するぞ!」
兵を動かすには、兵に命令を与える。
それが下士官の役目だ。
動かない兵では勝利はつかめない。
間違っても良いから命令を下し、兵隊を動かす事が、前線における勝利への鉄則だった。
だから相沢は部下達に追撃を命じた。
第二師団の他の部隊も相沢同様に進撃し、部隊は予定通り全てのロシア軍陣地、弓張嶺全体をを占領した。
ロシア軍が鉄壁としていた陣地は一夜にして陥落し、防衛ラインに大穴が空いた。
そして夜明けと共に弓張嶺の山々には日章旗が掲げられ、第一軍に作戦成功を示した。
作戦成功により第一軍は攻撃を開始。
周辺のロシア軍陣地へ向けて猛攻撃を敢行。
要を失ったロシア軍陣地は脆く、次々と陥落していった。
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