潜水艇一号
ディーゼルエンジンを回し洋上を航行しつつ、低い艦橋から身を乗り出して炎之助は周囲を警戒していた。
「なんとしても成功させる。父親を超えてみせる。」
気負いから独り言が洩れた。
炎之助にとって父親は乗り越えられない大きな壁だった。
生まれてすぐに人質に出されながらも、十歳に満たない頃から投資を行い、多大な利益を生み出し海援隊を世界にまたがる大会社に育て上げた父鯉之助。
そんな父を持ってしまっては、周りから色眼鏡で見られる。
これくらい出来て当然だろう。
上手くいっても鯉之助の息子だからと言われる。
だから炎之助は自分の力で何かを成し遂げたかった。
「左前方に駆逐艦」
見張りをしていた部下が報告してきた。
偵察と哨戒に出てきたロシア駆逐艦だろう。
「小さすぎる。獲物はもっと大きい方が良い。回避だ」
交戦は行わず、針路を変えてやり過ごした。
二〇トンにも満たない小型艇では、駆逐艦からでも見つけることは難しく、猿之助達は攻撃されることは無かった。
「まもなく旅順港の入り口です」
航海担当の下士官が報告する。周辺の山々から探照灯が海に向かって照射されている。
夜に進入してくる日本海軍駆逐艦を撃退するためだ。
元々小型で低い船体のため発見される危険は少ないが、このまま進めば見つかってしまう。
「これより潜航して接近する。シュノーケル上げ、潜航用意」
艦橋から降りてハッチを閉める。水が入らないように何度も確認してようやく発令所に降りた。
真下のバラストタンクに水が入ってくる音が響くと、上部がひんやりと冷たくなり潜っていく感覚が伝わってくる。
やがて一号艇、改ホランド型は全没し、海面の下に潜った。
海面に突き出ているのは吸気用のシュノーケルのみだ。
「艦水平を維持せよ」
操縦桿を必死で握る下士官に命じる。
何が何でも成功させて父親も認める戦果を上げようと炎之助は必死だった。
潜水艇に志願したのも鯉之助の手があまり伸びていないからだ。
実際はホランドに細かい改修案を突きつけて鯉之助が作らせたのが改ホランド一号艇だが、炎之助は知るよしも無かった。
改ホランド型はホランド型潜水艇の結果を基に作られた潜水艇だ。
世界初の実用的潜水艇ホランド潜水艇は魚雷発射管一基、魚雷二本を搭載し、ガソリンエンジンで航行する。
しかし吸気筒が出せる海面直下でしかガソリンエンジンを回すことが出来ず、潜水航行は不可能だった。
そこで建造されたのが改ホランド型だった。
葉巻型の船体の前部にバッテリー室を置いて艇の電気を賄い、艦橋の下に発令室をおいて操舵と指揮を行い、後部のディーゼルエンジンと発電機兼モーターをスクリューに繋げ、発電と電動を行う。
武器は四五サンチ外装魚雷発射管二基。
ホランド艇は再装填可能だったが、二本しか積めないのなら、はじめから外に取り付けておいて、母船で再装填させれば良いと割り切っていた。
太平洋戦争末期に作られた小型潜水艇海龍のような姿だが、ミリオタだった鯉之助が思い出しながら基本設計を書いた。
甲標的を基にしなかったのは、前部に魚雷発射管を付けると、発射時にバランスを崩し艇首が海面に浮き上がる危険があるためで、最悪転覆する。
ならば艇体中心、重心に近くバランスが崩れにくい海龍を基にした方が良いと考えたからだ。
実際、魚雷発射後の重量バランスの変化に耐えており、実戦投入可能になったのは基本設計が良かったからだ。
だがそれでも重量バランスの配分や、操作法などは新分野ということもあり手探りで行う必要があったため、運用できるレベルに持って行けたのは炎之助達乗員の奮闘あってのことだ。
*改ホランド艇の詳細は
https://kakuyomu.jp/works/16816700428609473412/episodes/16816927859699639731
「大分近づいてきました」
コンパスと速力から現在位置を割り出していた航海担当が答える。
炎之助は潜望鏡を上げて周囲を見渡した。先ほどより旅順の山々が近くなっている。
シュノーケルは小さいがこれ以上近づくと見つかる恐れがある。
「シュノーケル収容。これ以降は電動機を使い接近する」
「了解、エンジン停止。シュノーケル収容。クラッチ離しよし。電動機始動」
機関担当が手早く機器を操り電動で走れるようにする。
完全に海面下に入ったホランドはロシア軍に気づかれず接近していく。
「うん?」
だが順調に進んでいるとき不意に潜水艇に何かが引っかかったようで止まった。
「阻塞網にぶつかりましたかね」
湾内に侵入されないよう、太い材木を浮かべ碇で固定して湾口を封鎖する事が多い。
それに引っかかったかと猿之助達は思った。
「窓から見てみよう」
外を見られるようにホランド艇や初期の潜水艦には耐圧窓が付いていて外が見られる。
しかし水中の視界が悪いのと、潜航深度の増大により、水圧が大きくなったため後に廃止されたがこのときは現役だった。
炎之助が窓から見ると驚きの光景が広がった。
「機雷の係留索に引っかかっている」
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