谷炎之助海援隊少尉

「少尉、出撃準備完了しました。ディーゼルエンジン、電動機、蓄電池共に異常なし」

「よし」


 海に浮かぶ小型艇からの報告を受けて母艦大鯨の甲板に立つ海援隊少尉の制服を着た青年いや少年は満足した。

 実際、一六歳の少年である。

 士官候補生として四年間陸上での教育と海上での実務を経験した少年だ。

 江田島にも一時期留学しており軍人としての務めも果たせる位には成長していた。

 開戦に伴い人員増強の一環で任官が早まったが過不足無く務めを果たすことが出来る。


「張り切っているな少尉」


 話しかけられて少尉の少年は振り返るとそこに鯉之助がいた。


「失礼しました長官」


 直立不動の姿勢で敬礼した少年に、鯉之助は少し顔をしかめながら答礼した。

 敬礼を終えると周囲の隊員は気遣って甲板から離れていき、甲板には鯉之助と少尉のみになる。


「上手くいきそうか?」

「必ずや旅順港に突入し敵戦艦を撃沈して見せます」

「そう堅い口調で言うな炎之助」


 谷炎之助、自分の息子にため息を吐きつつ鯉之助は言う。

 沙織との間に生まれた大切な長男だ。

 鯉之助の生まれ故郷、ハワイのキラウエア火山の炎のように燃えさかる人間になって欲しいと思い、炎之助と名付けた。

 小さい頃から海外を回る鯉之助に憧れたのか、周囲の反対を押し切って海援隊に入隊し世界を回っている。

 鯉之助は心配はしたが、これからの役目を考えるとその経験は大切だと思い勝手にさせた。

 しかし、戦場に出るとなると別だ。


「他の人間に代わったらどうだ」

「残念ながら、本来の艇長である中尉は虫垂炎で手術中です」


 分かっていたが鯉之助は言わずにはいられなかった。

 だが、少尉で配属された配置が新兵器の開発部署で、よりによって乗組員に志願し乗り組みを発令されては司令長官の鯉之助でも手が出せなかった。

 戦場に出陣させたが何とか配置替えを行えないか鯉之助は色々試して、ようやく実行できそうだったが、作戦参加予定者が急病で外れたため、炎之助に役割が回ってきた。

 このこともあって潜水艇部隊の投入は躊躇った。

 鯉之助も人の子であり、割り切れない部分がある。

 沙織は、会いにくいのかこの場にはいない。

 押しつけられた気分だが、仕方なく鯉之助は炎之助に会いに来た。


「中止した方が良いんじゃないのか? 危険すぎる」

「お言葉ですが、他に有効な方法があるのですか?」


 炎之助に尋ねられて鯉之助は黙り込んだ。

 実際旅順港攻略は手詰まりだ。

 ロシア艦隊は内港に潜んだまま出てこない。敵砲台の射程外から砲撃を浴びせているが、目視確認できないため効果があるかどうか分からない。

 閉塞船を送り込んだが、失敗し多少の障害にはなっているが水路は使用可能なまま。

 これでは連合艦隊と海援隊は旅順港封鎖を継続しなければならない。

 海上封鎖は海洋国家の基本戦略であり実行できて当然だが、実行には多大な労力、洋上に浮かぶ艦艇への補給、乗員の疲労、機械の消耗、定期的な艦艇整備とそのための予備艦艇が必要だ。

 それにずっと旅順港に張り付いている訳にはいかない。

 バルト海からやってくるバルチック艦隊の迎撃を行わなければならず、旅順に張り付いていれば背後から襲撃される。

 バルチック艦隊来着前に旅順港のロシア艦隊を撃滅する必要がある。

 だから港内にいるロシア艦隊に打撃を与える必要があった。

 その役割を炎之助が担っていた。


「長官、時間です。谷炎之助海援隊少尉、出撃いたします」


 議論は無用とばかりに敬礼した。

 鯉之助は仕方なく敬礼した。


「最悪の場合、偵察だけでも十分だ。いや、この潜水艇は海の将来を変革する存在だ。必ず帰還しろ」

「いえ、必ず戦果を上げて見せます」


 思春期のせいか炎之助はどうも父親である鯉之助に突っかかるところがある。

 沙織と別れた後、定麿王の代わりに父龍馬の命令でハワイの王女と結婚したが、相愛となり子だくさんの家庭を作っている。

 炎之助にも愛情をたっぷり注いだはずだった。だか、キビキビとラッタルを降りていくようにどこか炎之助は自ら駆け走ろうとするところがあった。

 炎之助は水面からわずかに艇体を浮き上がらせた自分の艇に乗り込み中央に涙滴型の艦橋に登り発進を命令して出て行く。


「潜水艇一号出撃」


 炎之助の潜水艇はディーゼルエンジンを回して旅順港へ向かって航行していった。

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