機雷の足止め

 ロシア側が設置した機雷を固定しておくためのロープが炎之助の潜水艇に引っかかっていた。


「ロシアの連中、機雷を敷設していたか」


 こんなところに機雷を敷設され足止めを食らってしまった。

 機雷敷設艦二隻とも沈めたと父鯉之助は喜んでいたが、見落としていたのかと猿之助は思った。


(いや、機雷は小さく駆逐艦や水雷艇でも数は少ないが乗せて敷設することが出来る。ロシア軍の連中、夜中に密かに出撃しているのか)


 炎之助の予想は当たっており、ロシア太平洋艦隊は駆逐艦及び水雷艇を夜間に密かに出撃させ哨戒すると共に、機雷を敷設。

 日本軍の攻撃に備えていた。

 閉塞作戦があってからは、閉塞船対策として機雷を使って水路の手前で沈めようと考えていた。


「どうしますか」


 下士官が艇長である炎之助に尋ねた。


「動くな、その場でじっとしていろ。下手に動けば、艦が揺れて機雷と接触する」


 下手に動けば戦艦をも沈める機雷に接触して爆発してしまう。

 改ホランド艇は小型なので木っ端みじん、猿之助達は肉片も残らないだろう。


「微速後進。緩めたら外れるかもしれない」

「宜候」


 機関担当がモーターの接続を切り替えさせてゆっくりと後進させていく。

 だが、機雷の係留綱は離れなかった。

 乗員が炎之助の方を見る。

 指揮官としてこの窮地をどのように切り抜けるか、自分を助けてくれるのか、注目していた。


「……浮上、艦橋だけ上げろ」

「機雷に接触しませんか?」

「ギリギリ大丈夫なはずだ。海面に出たらハッチを開いて俺が機雷を外す」

「危険です」

「このままでも危険だ。やるしかない」

「宜候」


 操舵手がバラストタンクへ圧縮空気を送り海水を押し出して浮上させる。

 艦橋が海面に浮き出ると炎之助はハッチを開けて外に飛び出した。


「寒っ」


 開戦の時よりマシとは言え、外の海は非常に寒かった。

 冷たい水が心臓をわしづかみにするような痛みを伴って身体を冷やしていく。

 それでも機雷を取り外すために炎之助は海中へ潜った。

 素早く機雷の下に潜り込み艇に絡まった部分を引っ張って外そうとする。

 思いっきり引っ張ることは出来ない。

 一度海面に浮上して、息継ぎをして再び潜り込む。

 そして機雷が引っかかっている部分を見る。

 下手に動かせば艇に接触し爆発してしまう。

 機雷の動きに細心の注意を払いつつ綱に力を込めて引っ張る。数回引っ張ると綱は外れた。


「よし」


 外すことに成功した炎之助は機雷を艇から離す。

 十分離れて放ると、炎之助は艇に戻った。


「微速前進」


 冷たい海に浸かったために体は冷え切り歯がガタガタと震えながらも炎之助は離脱を命じた。


「ふーっ、何とかなったな」

「少尉どうぞ」


 余裕を見せようとして話しかけるも体の震えが止まらない炎之助に下士官が魔法瓶から出したお茶を湯飲みに入れて渡す。


「すまない」


 ひったくるように湯飲みを受け取ると口の中に入れる。いきなり熱いお湯が入ってきて、下を火傷する。手の平に湯飲みの熱を感じつつ冷まし、ゆっくりと飲み干すとようやく人心地が付いて、炎之助は落ち着きを取り戻した。


 危機を脱して艇の中には安堵の空気が流れる。


「さてどうするかな」


 炎之助としてはこのまま突入したいが、機雷の処理に時間を食ってしまった。

 このまま突入しても、夜が明けて撤退が難しくなる。


「撤収する。機雷の状況が分からない。帰りにも同じような事が起きるだろう。機雷対策をして再度挑戦する」


 死んでもやり遂げるのではなく、生き延びて何度も挑戦するのが信条の炎之助としては無よ言うの危険を冒したくない。

 死は覚悟の上だが、決めてかかることはない。生き残る算段をしてから実行するべきだと考えていた。


「宜候」


 乗員達も異議は無く、周囲の機雷の状況を確認して、母船に合流するべく沖合に戻っていった。

 その途中、夜が明け始めた。

 そして気が付いた。

 水平線に浮かび上がる朝日の中に海援隊が世界に誇る最新鋭戦艦皇海が駆逐艦を引き連れて航行していた。

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