マカロフとコンドラチェンコ

「提督、今後の艦隊の見通しについてお話しいただきたいのですが」


 炎之助が潜水艇で出撃し旅順に向かっている頃、ロシア太平洋艦隊機関である戦艦ペトロハプロフスを訪れた要塞防御指揮官コンドラチェンコ少将は艦隊司令長官マカロフ中将単刀直入に尋ねた。

 旅順要塞の要は旅順艦隊であり、海から攻めてくる日本軍に対抗するには海軍の力が必要だった。

 それに日本は朝鮮半島へ兵力を揚陸させている。

 もしかしたら、いや間違いなく遼東半島へも部隊を進軍させてくる。その補給に海から船団を使うはず。

 いずれ旅順にやってくることも十分に考えられる。

 日本軍の侵攻を食い止めるには海軍の力が必要だった。


「残念ながら非常に厳しい状況にある、としか言いようがない。緒戦の奇襲攻撃で戦艦をはじめとする各種艦艇が攻撃を受け損傷した。その修理の為に出撃は被害の無い巡洋艦や駆逐艦などの小艦艇に限られる」


 戦艦の多くは魚雷攻撃を受け、水線下に破孔が出来ていた。

 そのため旅順内港へ避難し修理を行っていたが、海軍工廠のドックは一つしか無い。


「巡洋艦と駆逐艦を出撃させているが、港外で監視している日本艦隊の監視で出撃は察知され、簡単に迎撃されている。先日も朝鮮半島北部へ進撃する船団攻撃の為に巡洋艦と駆逐艦を出撃させたが迎撃され、撃破される始末だ」

「打開できないと?」

「いや、戦艦の修理はかなり進んでいる。本艦を含め二、三隻だが旅順港周辺ならば行動できるだろう」


 ドックが無いため干潮になったら干上がる場所に着底させ、修理させていた。

 干潮時のみの修理のために時間は限られていたがようやく、修理完了の見込みだ。


「閉塞船のために水路が制限され一隻ずつしか外に出られないが、徐々に出していく。そして沖合の日本艦隊の監視を戦艦の支援で排除し行動範囲を広げていく。旅順への砲撃も食い止められるようになるだろう」

「ありがたいことです」


 コンドラチェンコは嬉しそうに言った。

 開戦から数日おきに日本軍は旅順への艦砲射撃を行っていた。

 二つの半島に阻まれる間接射撃のため、旅順への被害は少ないが、確実に増えている。

 しかもいつ砲撃を受けるか分からない状況が続いており要塞所属将兵は常に緊張を強いられ、疲弊し、士気は目に見えて低下していた。

 艦隊が艦砲射撃を抑えてくれるのなら大歓迎だ。


「要塞の状況はどうだね? コンドラチェンコ少将」


 マカロフはコンドラチェンコに尋ねた。

 曲がりなりにもロシア太平洋艦隊が生き残れているのは旅順要塞に守られているからだ。

 内港に籠もることで多少なりとも艦隊を温存できるのはありがたかった。

 砲撃を受けているが、優勢な敵を相手に海戦をする事を考えれば、今の状況でもありがたい。

 損傷しても海軍工廠があれば修理できる。

 艦底部の清掃も出来るので、外洋を航行する日本艦隊よりその点では恵まれている。

 だが、それも旅順要塞が持っている間の話であり、陥落すれば艦隊は叩き出されることになる。

 旅順要塞がどれだけ保つかは、マカロフ最大の関心事である。

 新たに要塞の建設責任者に任命されたコンドラチェンコ少将がどれほど見込みがあるか、聞いておきたかった。


「当初の計画よりずいぶん遅れが出ています。現状では歩兵の強襲で陥落します。ですが前任者の怠慢で遅れていた箇所の工事は私の責任の下、進めております。少なくとも奇襲で陥落することはありません。また、ゲオルギー殿下のご指示通り、対一四インチ砲掩体壕も一部完成し、要塞の耐久力は増しています」


 なんとか旅順が保てているのは、皇帝の弟であるゲオルギー殿下の命令で作られた一四インチ砲弾にも耐えられる掩体壕があったからだ。

 当時の戦艦の主砲は一二インチ。

 技術革新を予想して一四インチ防御として、旅順各地の山間に掘らせていた。

 海から見えない場所に強固な掩体壕を作るという計画に、はじめ命じた殿下の事を病み上がりの戯言、臆病者と陰口を叩く者もいて完成した掩体壕は「ゲオルギー殿下の洞穴」と呼ばれた。

 しかし、皇帝の弟である殿下の言葉には逆らえず工事は行われた。

 そして開戦すると、日本軍の予想外の攻撃、陸上砲台の射程外から半島越しに艦砲射撃を浴びせられるという事態に陥った。

 旅順が混乱し一時は降伏論も出たが、なんとか士気崩壊せず持ちこたえているのはあ絶対に安全な、掩体壕、ゲオルギー殿下の洞穴があるからだった。


「ただ。周辺の山々の防御陣地は遅れています。現状、建設を進めておりますが、完成までには時間が掛かります」

「日本軍がやってくるまでに完成しそうですか?」

「通常ならば大丈夫でしょう。この冬季に上陸作戦は難しいですから。しかし、日本は半島に鉄道を持っており、迅速な移動が可能です。夏前、最悪の場合、春にはこの旅順に来る可能性があります。そのあとは、徹底抗戦しますが、どれだけ保つかは日本軍次第です」


 コンドラチェンコは堂々と答えた。

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