ロシア満州軍の戦略

「陸軍の方はどうですか?」


 マカロフはコンドラチェンコに尋ねた。

 陸軍とは、旅順の陸軍が、ではなくロシア満州軍全体がどのように対日戦を考えているか知りたかったのだ。


「日本軍が朝鮮半島に上陸するのは避けられません」


 言葉を選びつつもコンドラチェンコは断言した。

 ロシア太平洋艦隊が旅順に引きこもっている今、日本軍の海上輸送を阻む勢力はない。

 日本軍は予想通り、朝鮮半島に上陸しやってくるだろう。

 だが、日本には制海権があるため、黄海の好きな場所に上陸できる。

 そのため、満州国境に近い朝鮮半島北部に上陸しており、予想以上の早さで日本軍が北上してきていた。


「クロパトキン閣下は、まず鴨緑江とその後ろの山岳地帯に部隊を派遣して日本軍を食い止め、その間に欧州からの増援を奉天とハルピンに集結させ待ちます」

「何故二箇所に?」

「日本軍が満州へ向かうのかウスリー方面に行くのか、判断できないからです。予測では満州方面ですが万が一にそなえ、進行方向が確定してから兵力を日本軍の進出先へ向かわせる予定です」

「満州方面に来た場合は?」


 マカロフは尋ねた。

 日本軍がやってくるのはほぼ確実に満州方面だと考えている。

 沿海州だった場合、旅順など攻めないだろう。

 しかし、まだ確定していない。だから予測の中で最悪――自分たちの旅順艦隊の命運が大きく左右される満州方面に来た場合、ロシア陸軍がどのように動くか知りたかった。


「兵数が十分に揃い、疲弊した日本軍が満州平原に出て来たところを叩く作戦です」

「だが、もし海上から移動されたら」

「はい、半島を回り込まれ、営口や山海関に上陸されては我々は背後を突かれます。その場合は遅滞戦闘をしつつ、兵力が整うまで遼陽、奉天へ後退、最悪ハルピンまで下がり、増援を待って反撃します」

「それではこの旅順は遼東半島の付け根にやってきた日本軍に寸断され、本国から切り離されてしまい、日本の陸海軍に包囲されてしまう」


 満州平原から突き出た遼東半島の先端にある旅順。

 その半島の付け根を日本軍に押さえつけられたら孤立してしまう。


「いや、艦隊が出撃できない以上、いつ半島を抑えられてもおかしくないか」


 海上輸送力と海軍力は日本の方が優勢でありその気になれば簡単に遼東半島に上陸し旅順を孤立させる事が出来る。

 旅順の安全は黄海北部の制海権をロシア太平洋艦隊が保持出来るか否かに掛かっていたが、奇襲攻撃で艦隊が壊滅状態になった今は不可能だ。


「はい、クロパトキン司令官は旅順が半ば孤立することを想定しています。ゲオルギー殿下もこのことを予想されていたようです」

「だったな」


 旅順赴任前の挨拶で二人が宮殿を訪れた時にゲオルギーからは、できる限り、例え孤立したとしても旅順を保持するように。そうすれば日本軍の戦力を引きつけられロシアが有利になる、と言っていた。

 不吉なことを言われたが、殿下の命令で前々から準備されていたし、二人も派遣してきたのだ。


「ですが上手くいきません。殿下のご助力、ご助言がありますが極東総督閣下が首を縦に振ってはくれません」

「ですな」


 ロシアの極東における皇帝の代理人として創設された極東総督府は軍事のみならず外交も担当している。

 外務省ではなく辺境の一機関に外交を任せたため日本はロシアの一辺境として扱われていると抗議したくらいだ。

 それだけでも噴飯物だが極東総督はアレクセーエフ――皇帝のお気に入りの人物だ。

 そして日本に対する武闘派の一人であり日本に対する強硬策を主張してきた。

 だが、強気であったのは日本への無知と偏見によるためで、日本を具体的に知っているわけでは無かった。

 総督府のある旅順に留まっているが連日の砲撃により意気消沈している。

 旅順を脱出しないのは、臆病者と罵られるのを恐れてのことだ。

 しかも最近は開戦と緒戦の損害でショックを受けていたが、持ち直し、むしろ弱気を隠すために積極的に攻撃するよう命令を立てる始末だ。


「お早く退避して貰いたいのだが」

「ええ、旅順に滞在されるのは危険です」


 マカロフもコンドラチェンコもアレクセーエフは旅順から逃げて貰いたい。

 高官である事もそうだが、これ以上作戦に干渉して欲しくない。

 ハッキリ言って精神論だけで具体的な方策が無い、無能な総督は害悪でしか無い。

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