首山堡の戦い

「敵軍に動きがあります。正面の敵が退き始めています」

「第一軍と第八師団の攻撃に慌て始めもうしたか」


 満州軍総司令部で総参謀長児玉の報告に総司令官大山はにやりと笑った。

 さすがに後方へ進撃されたらロシア軍も動揺したようだ。


「ですが、さすがに首山堡は保持する様子です」

「首山堡は遼陽防衛の要でありもうすからな」


 周囲より高い高地である首山堡は南からの攻撃に遼陽を守る重要拠点だ。

 撤退するときも、出来るだけ保持して、追撃を抑えたい時には、最後まで確保しようとするだろう。

 事実、日本軍は首山堡のロシア軍に進撃阻まれていた。

 だが、日本軍も準備をしていた。


「では才谷どん、頼み申す」

「はい」


 臨時派遣第三軍の指揮を任された鯉之助は頷くと電話を拾い上げて電話した。


「作戦開始、列車砲部隊。砲撃を開始せよ」


 鯉之助が命令を受けた直後、首山堡に猛烈な砲撃が浴びせられた。




「なんだ! この砲撃は! 今までの日本軍と違うぞ!」


 首山堡を守っていたロシア軍の将校は激しい砲撃に驚いた。

 これまでの砲撃より、弾の数は少ない。だが一発一発の威力が大きい。

 大地に深く入り込み、自身のような揺れを起こし、大量の土、時に不運な兵士を巻き上げ、地面に叩き付ける。

 圧倒的な破壊の脅威を見せつけ、ロシア軍を戦慄させた。

 近くの掩体壕に直撃弾が発生した。

 どんな砲撃にも耐えるはずの防御力を持っているはずの掩蔽壕が吹き飛んでしまった。


「不味いぞ! 壕に入っていてもこの砲撃だと死んでしまう!」


 その様子を見たロシア軍兵士は、自分の壕も危ないと思いパニックになって逃げ出した。


「ま、待たんか! 退却命令はまだ出ていないぞ!」


 逃げ出す兵士を将校達は止めようとするが止めきれない。

 掩蔽壕さえ吹き飛ばす大威力を目の当たりにした今、守り切れないと考えてもしかたなかった。

 止めている士官達も爆発の恐怖に怯え、震えており、動揺を感じ取った兵士達の恐怖は更に増した。


「止まれ! 止まれ!」


 それでも士官は義務感から止めようとするが、飛び込んできた八インチ砲弾を至近に受け、声も身体もこの世からかき消された。




「前線より報告。照準良し。効力射を要請するとの事です」

「よし、効力射始め」


 前線観測所の観測員から列車砲に報告が送られると、更に多くの発砲が行われ敵陣に向かって砲弾が降り注いで行く。

 発砲しているのは八インチ列車砲。

 遼陽会戦のためにわざわざ運び込んできたのだ。

 会戦初めから投入しなかったのは、旅順から転戦させたためだ。

 旅順攻略に重砲が必要であり列車砲を掻き集めて砲撃していた。

 だが、旅順は落ちず、内閣の防御線への攻撃のために仕切り直しとなった。

 そうなると列車砲は、次の攻撃再開までの間、不要になる。

 そこで、遼陽まで伸びる鉄道線を使い、列車砲を移動させたのだ。

 問題だったのはこの鉄道がロシア広軌1520ミリで建設されており国際標準軌1435ミリを採用している日本の規格とは合わないことだ。

 そのため遼陽周辺の前線に送り込むのに時間が掛かってしまった。

 だが 海龍商会の陸上部門、陸援隊が猛スピードで工事を行い会戦中に列車砲が進出出来る線路を敷設してしまった。

 陸上輸送と陸戦を主とする陸援隊だが、陸上輸送には街道のインフラ整備が重要と建設部隊を創設当初、北海道・樺太開拓の頃から早々に作り上げた。

 そして鉄道の存在を知ると早々に敷設計画を立て、樺太全土と北海道に鉄道網を作り上げた。

 その腕は落ちておらず、台湾や朝鮮半島で生かされた。

 日露戦争でも有効に使われ、東清鉄道支線の改軌を行った上、軸重強化が行われて、列車砲の輸送を遅滞なく行えたのはこれまでの実績があってこそだ。

 元々艦艇迎撃用の大口径砲のため陸上の掩体壕など、簡単に吹き飛ぶ。

 一二サンチや一五サンチ程度なら耐えられるが二〇サンチクラスの八インチ砲では、耐えられない。

 勿論、八インチに耐えられる掩体壕を作る事は出来るが、資材や労力を考えると、とても野戦で短時間で作れる代物ではない。

 日本軍の八インチ列車砲は圧倒的な戦場の女神として、遼陽の戦野に君臨し、ロシア軍を破壊していった。

 そして、日本軍は制圧の時を、刻一刻と迫る勝機を狙って準備を進めていた。

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