ルーズベルトの決断
「合衆国艦隊を世界一周させる」
日露戦争から一年経過した一九〇七年、ホワイトハウスでセオドア・ルーズベルトは呼び出したメトカーフ海軍長官に命じた。
「艦隊の一部を派遣するのですか」
「いや、演習で集結する大西洋艦隊、全戦艦十六隻で編成された艦隊を送るのだ」
大統領の命令に海軍長官は目を点にした。
「無謀です。戦艦一六隻は合衆国のほぼ全ての海軍戦力です。合衆国の防備が殆ど無くなります」
「残存する巡洋艦や駆逐艦、沿岸要塞がある。彼らだけで十分に守れるはずだ」
確かに、合衆国へ攻め込む勢力など、殆ど無い。
あるとすればイギリスだが、アメリカと戦争をする理由はない。
カナダとのトラブルはあっても戦争に至るほどの火種ではない。
勿論些細なことから戦争へ発展する可能性はあるが、そうならないよう努力している。
「しかし、どうして遠征を行うのですか」
「状況が変わったからだ。これまで合衆国海軍はヨーロッパ列強の侵攻に対処するべく、大西洋に艦隊を集めていた」
イギリスから独立したアメリカに取って第一の敵はイギリスであった。
独立戦争後もナポレオン戦争時アメリカの商船を襲撃――兵員不足の英国艦艇が英語が通じるアメリカ人を拉致するために襲ったことから英米戦争が勃発。
一時はワシントンDCも占領されホワイトハウスも炎上する。
その後もヨーロッパがアメリカ大陸へ進出するのを阻止するべく沿岸要塞の建設――南北戦争勃発時、最初に攻撃されたサムター要塞はその一つ――海軍の増強を行った。
当時の合衆国海軍はほぼ全ての戦艦を大西洋に配備しており、これはヨーロッパ列強に対抗する為だ。
大西洋重視、ヨーロッパ列強の襲来に備えるのが合衆国海軍の基本戦略であり、太平洋戦争時も最新鋭の主力戦艦は、大西洋に配備されていた。
だが、状況は変わった。
「日露戦争で日本は勝利した。太平洋に新た仮想敵が出来てしまった」
ロシア太平洋艦隊を撃破し、バルチック艦隊を撃滅。
日本はまごうこと無き列強、それもアジア唯一の列強国となった。だが同時に合衆国にとっては太平洋側に新たな敵や脅威が現れたも同然だった。
「日本は今後、海軍兵力の増強を行いアメリカ大陸へ向かってくるだろう。現に海軍艦艇の建造を進めている」
「海外への売却艦が多いと聞きますが」
「だが、大半は日本の同盟国だ。それらの間が戦時に日本に加勢、あるいは日本海軍に売却される可能性もある。今、合衆国の力を見せつける事が出来る。特に日本への圧力になる。そして合衆国との友好が重要だと認識させる」
「日本は約束通り、満州の門戸開放を行っていますが」
満鉄が創設され、約束通り株式を合衆国内でも販売していた。
得られた莫大な資金はアメリカ国内の鉄道メーカー、鉄道会社にばらまかれ、車両や設備を購入し送られた。
これらのアメリカ製の車両は到着してすぐに営業運転に投入され、大車輪の活躍を見せた。
満鉄は初年度から黒字を計上しており、配当金も多く人気株となっていた。
莫大な資金がアメリカ国内に投下された事により、国内の不況も改善傾向にある。
なのに日本に圧力を掛けるなど危険だ。
「それに、日本は軍縮を進めています」
戦勝国の日本だったがアジアの平和の為に自ら軍備を縮小すると発表している。
日露戦争を戦った艦艇の多くは予備艦となり、売却の話も進んでいる。
海軍内ではマハンの影響により、日本を仮想敵と想定する動きがあるが、急速な日本海軍の縮小の前にその声は小さくなっている。
そのため、議会からは米海軍も縮小するよう訴える声が高まっていた。
だからこそルーズベルトは切実だった。
「海軍が必要である事を、能力があることを議会に示す必要がある」
何にも生産しない軍備に金を掛けることを議会は良しとしない。
お陰で太平洋側の海軍基地建設が進まない。
しかも艦隊へ石炭を供給する給炭艦の予算も削られるばかりだ。
なんとしても海軍が有用である事を議会にも示す必要がルーズベルトにはあった。
「それに確実に約束を履行するように日本に圧力を掛けるのだ。我々の金が入るのを気に入らない連中が多い」
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