ゲオルギーの退場

「殿下の慧眼には恐れ入ります」


 別件逮捕による選挙介入は少し過激であった。

 だがこれで国会は、ロシア帝国の穏健派が中心となった国政機関として温和にスタート出来る。

 皇帝の輔弼機関、補佐をする役目にしていたが、事実上国政を担う事となる。

 事前の過激派取り締まりにより政治的な穏健派、保守層、地主や貴族が占める事となり、ロシアの安定に寄与する事となるだろう。


「ロシアは貧しいがまだまだ発展する余地はある。ウィッテ、開発するためにもフランスから金を引き出してくるんだ」


「はっ、お任せを」


 戦争で資金が無いが、借りてくるしかない。

 だが広大な領土と天然源の多いロシアは魅力的であり、出資は募れるだろう。


「しかしフランスから、金を借りては、フランスの言いなりでは」


「資源を持っているのは我々だ案ずることは無い。それに金を借りるのはフランスだけではない、英国や額は小さいだろうがドイツ、オーストリア、トルコからも借りれば良い」


「借金で首が回らなくなりますが」


「いざとなれば踏み倒す」


 ソ連崩壊後に対外債務のデフォルトを行っている。

 対外債務に関しては踏み倒す気が満々だった。

 それに第一次大戦で敵対する相手から金を借りれば踏み倒すことも出来る。


「過激ですな」


 最悪借金を踏み倒す気でいるが、一応返済計画は立てている。こういう所は卓越した名君だとウィッテは思った。

 だが、朗らかに話すゲオルギーは、突如血を吐いて倒れた。


「がはっ」


「どうなされました殿下!」


 自らの血で染まる床に跪いて咳き込む殿下にウィッテは駆け寄ると、指の隙間から新たな血が流れていた。


「結核が再発したようだ」


 本来のゲオルギーは結核により数年前に逝去している。

 それがどういうことか病状を回復していた。

 病気が根治したわけではなかった。


「色々とやり過ぎたようだ」


 日露戦争いやロシア帝国の苦境を脱するために、弱った身体をむち打って奔走した。

 それでも戦況は改善せず、国内には不満が溜まり、ロシア革命が起きてしまった。

 戦争終結のために講和に奔走するも、ニコライ二世の本意により戦争は継続。

 やむを得ずゲオルギーが自ら戦地に赴くことになった。

た。


「あまりご無理をなされないように」


「そうもいかなかったからな」


 日露戦争を出来るだけ上手くいくように手を尽くすため無理をした。

 その分のツケが今、回ってきたようだった。

 戦場での生活はゲオルギーの身体を蝕む。

 だが、周囲の目もあるし他に託せる人間もいないためゲオルギーが前に出るしかなかっ


「殿下には、ロシアの為にもこれからも頑張って貰いませんと」


「いや、ここまでだ」


「殿下! 弱気はいけませんぞ」


「身体の事ばかりではない。私は陛下に疎まれている」


 ゲオルギーの声望は日増しに高まっており、ニコライを廃してゲオルギーが次の皇帝にと言う声さえある。


「ロシアは専制君主制だ。陛下を廃するという愚かなことをすれば、次は自分がと思う者が出てくるだろう。陛下を私を除こうとするだろう。しかし、それは反発を生み、帝国の為にならない。だから私は、そうなる前に政治の舞台から退くことにする」


「殿下……」


 ゲオルギーの言葉にウィッテは返す言葉も無かった。

 実際、その通りであり、ニコライが排除する可能性は否定できない。


「ですが、ゲオルギー殿下を支持する者も多く」


「彼らを保護し支援するが、私が表に立って」


「私も引退しようと思います」


「まだ働けるだろう」


「いえ、私も陛下からご不満を抱かれています。これ以上は活躍できません。それに私ももう歳です。引退させて頂きます」


「ロシアは再建半ばなのだが」


「ストイルピンなど若手が育っております。彼らが国威を取り戻してくれます」


「表舞台からは去るが影ながら支えるとしよう」


 こうしてゲオルギーは表舞台からは去った。

 だが、ロシア革命を止めて存続させたこと、ロシア崩壊になりかねない事態だったにも関わらず存続させたことは大いに評価されるべきだ。

 また軍備が縮小された事によって国内が安定し発展したことも無視できない。

 それが吉と出るかどうかは歴史の判断に委ねる事になる。


「しかし、日本も困難な舵取りとなるだろう」

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