別働隊発見
「艦隊を分離しインペラトール級を中心とする第四戦艦隊を主力とする別働隊は津軽海峡を通過させる」
台湾沖で、宮古海峡を通過する前、ロジェストヴェンスキーは、分離を決めた。
ロジェストヴェンスキーは少々優柔不断なところがあったが用心深さの表れだった。対馬海峡での待ち伏せを想定し艦隊を一部津軽海峡から通過させることとした。
これは二つに分けることで日本側を混乱させるという目論見もあった。
選ばれたのは数隻の仮装巡洋艦と給炭艦そしてインペラトール級の四隻だった。
最新鋭艦のため燃費がよく航続距離が長いということもあり、遠回りになる津軽海峡への派遣が決定した。
インペラトール級四隻だけでバルチック艦隊に匹敵する攻撃力を持つことも回航に回した理由だ。
兵力の分散でありを危ぶむ声もあった。
だが日本海軍を混乱させるため、敵を分散させるため、どちらも日本軍を撃破出来るだけの戦力を持っているため、ロジェストヴェンスキー提督の意見が通り艦隊は分割されて行くことになった。
艦隊の主力の殆どが、燃料を節約せねばならず、最短距離の対馬海峡を通過するほかないという事情もあり、これ以外の選択肢はなかった。
そしてロジェストヴェンスキー提督のもくろみは半ば成功した。
「一体どうすればよいんじゃ」
対馬での戦いの後、インペラトール級を主力とする別働隊を太平洋で発見した報告を軍令部から聞いた秋山は目に見えて焦った。
彼だけではない。
新たな敵艦隊発見の報告。
しかも太平洋を津軽海峡に向かっているという事実に連合艦隊司令部は恐慌状態に陥った。
「艦隊は全て対馬周辺だ。しかも昨日からの戦闘で全速を出していて燃料は殆ど無い。このままでは突破される。しかもあのインペラトール級だ」
ロシアがドレッドノートや皇海級に対抗して建造した艦であり、四隻で連合艦隊と同等の戦闘力を持つとされている。
どうやって、戦いで消耗した連合艦隊が撃破出来るというのだ。
恐怖に陥らないのはどうかしている。
少し冷静だったのは東郷と準備をしていた鯉之助だった。
「我々、義勇艦隊が直ちに津軽海峡に移動して敵の別働隊と接触、迎撃します」
インペラトール級の発見報告がないことに気がつき、鯉之助は予想していた事もあり、冷静に言った。
しかし、秋山の狼狽えは留まらない。
「しかし大丈夫なのか、お主達皇海級四隻と筑波級二隻だけで」
「敵のインペラトール級と皇海級はほぼ同じ攻撃力を持つはずです。いや、こちらの方が少し優れていると自負しております。また筑波型もいますので十分相手にできると考えます」
秋山に言っているが東郷長官もいるので落ち着いた声で言っている。
「完全ではないだろう」
秋山も焦りの声を滲ませる。
動揺して鯉之助の階級を忘れ、東大予備門時代の口調にもどっている。
「津軽海峡要塞の支援も受けられますし、機雷原もあります。うまく戦えるでしょう。それに迎撃できなくても時間稼ぎ程度は出来ます。その間に連合艦隊はウラジオストック方面へ進出。迎撃準備をお願いします」
「だが、少数での迎撃は各個撃破される」
「そう言うが連合艦隊は燃料が足りないだろう」
鯉之助に指摘されて秋山は黙りこんだ。
日本海軍の艦艇は武装は強力だが、燃料の搭載量を減らして実現したものだ。
日本近海で行動する事を念頭に置いているため、少ない燃料で済むと考えての事だ。
お陰で戦闘力が増し敵艦隊を圧倒したが、燃料切れを起こしている。
津軽へ行くことを考えて甲板に積み込んだ石炭は戦闘前に捨てた。
艦内の石炭庫も二日にわたる戦闘で使い切っており、補給しなければ燃料切れで漂流する。
せいぜい、ウラジオストックへ向かう程度の燃料しかない。
一方、海援隊の艦艇は、広大な太平洋を移動するため、燃料の搭載量が多く、航続距離に余裕があった。
日本海を往復してもまだまだ航行出来る。
「ここは津軽へ行ける我々が時間をかせぐ。その間に、連合艦隊は補給し、ウラジオストック近海で別働隊を待ち伏せする準備をしてくれ。準備は出来ているだろう」
秋山の立てた作戦は敵艦隊を完全に殲滅させるため、ウラジオストックまで追撃し何度も攻撃する予定だった。
中にはウラジオストック周辺への機雷敷設と、そこへ敵艦隊を押し込める事も含まれている。
その準備はすでに整っている。
「何も変わりはしない。それが出来る時間を俺の艦隊が稼ぎ出してやる」
「分かりました。それでゆきもうそう。秋山参謀、直ちに各艦に命令」
「はい」
東郷との会見は終了し、秋山に命令を伝える。命じられた秋山は、先ほどの狼狽は消え、直ちに各艦の指示に入る。
何か方針が見つかると不安も解消する。
鯉之助も直ちに皇海に戻り津軽に向かった。
「義勇艦隊全艦、津軽海峡へ向け機関最大出力、全速前進!」
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