位置取り
「間に合ったな」
ボロジノが火を噴くのを見て、鯉之助は満足した。
予想より、帰還命令が遅くなったため、やきもきしたが、飛行船部隊が敵艦隊を発見したと聞いて直ちに対馬海峡へ向かうように命じた。
メタ情報を知っているが、ロジェストヴェンスキー提督が土壇場で対馬海峡へ向かう恐れがあったため、万が一を考えて、待機していた。
予定通り、進んでいる事を知り、艦隊を急行させる決断をした。
「秋山の事を笑えないな」
鯉之助は苦笑する。
メタ情報を知っていても史実通りでない時は不安になる。
しょっちゅうあることだが、大一番となると、鯉之助も不安が大きくなる。
途中で反転せず律儀に北海道近くの渡島大島まで行ったのはそのためだ。
勿論、途中で引き返しても十分に間に合うと計算しての事だが。
「さて、砲撃を続行しろ。バルチック艦隊を撃破するんだ。砲撃続行」
新たに配属された三番艦、四番艦を含め四隻となった皇海級を率い、鯉之助は砲撃を命じた。
三二門の主砲がバルチック艦隊、先頭を走るボロジノに降り注ぐ。
射撃指揮装置を有する皇海級の命中率は高く、すぐさま命中弾が出る。
次々と砲弾が降り注ぎ、ボロジノは廃艦同然となり、落伍する。
残りの艦は、左に回頭して逃れようとした。
「よし、上手くいったな」
バルチック艦隊を追い返せて、鯉之助はほっとした。
東郷率いる第一戦隊も回頭を終えて射撃位置に付きつつあった。
第二戦隊は、第三戦隊を率いてそのまま通過。
浅間が被弾により舵が故障、離脱していた他は、被弾はあるものの戦闘航海に支障はなかった。
「筑波が前へ出て行きます!」
明日香率いる筑波級二隻の新型装甲巡洋艦――のちの巡洋戦艦が、バルチック艦隊に、南に向かって突撃していく。
東に逃れようとするバルチック艦隊の正面に付くと右舷に方を向け砲撃を行う。
「明日香の奴、血気に逸ったな。南東に向かうとは」
「バルチック艦隊を撃滅するには正面に出る必要があるでしょう」
敵艦の鼻先に出ることとで針路を塞ぎ、妨害する事が出来る。
しかも、敵を横切ることで味方は前後の主砲を使う事が出来るが、敵は前方の主砲しか使えない。
敵の正面を横切るのは味方に圧倒的に有利だ。
「戦術上ではね。でも、大局的にはウラジオストックを背後に置いておけば問題ない」
「どういうこと?」
「バルチック艦隊の目的地はウラジオストックだ。嫌でもウラジオストックへ向かう進路になる。俺たちはバルチック艦隊とウラジオストックの間にいれば、敵は自然と向かってくる」
艦隊を撃滅するのは難しい。
戦う前、相手を視認したらすぐに優劣がハッキリするため、不利な側はすぐ撤退する。
だから現実において海戦は発生しにくい。
そのため、優勢な味方が逃げる敵に戦闘を強要するときは敵の退路を塞ぐか、追いつくしかない。
艦隊殲滅など夢のまた夢だ。
ネルソンが名将と称えられるのは、そんな不可能を実現し、勝利を収めたトラファルガーという大金星を上げたからだ。
並び賞される日本海海戦が極東で在りながら称えられるのは、その困難さを欧米の海軍関係者は勿論、多くの人が知っているからだ。
日本海海戦は、ウラジオストックへ向かうバルチック艦隊の阻止だが、逆にバルチック艦隊がウラジオストックへ向かうことが判明している。
だから、ウラジオストックとバルチック艦隊の間に入り、待ち伏せ、迎撃が可能。
バルチック艦隊の方から近付いてくるため日本側は追いかける必要が無く、一方的に撃つ事が出来る。
だからこそ、鯉之助は、自身の艦隊をウラジオストックとバルチック艦隊の間に入れるように動かしていた。
「逆にバルチック艦隊の南側、ウラジオストックと反対側に向かうのは良くない。追いかける羽目になるぞ」
だが、明日香は逆に反対側、バルチック艦隊の背後に回ってしまった。
これではウラジオストックへ逃がしてしまう。
「戻します?」
「そうしよう。明日香に伝えるんだ。直ちに反転、バルチック艦隊の北側へ向かうように」
鯉之助は無線で、バルチック艦隊とウラジオストックの間に入るよう命じたが、素直に従わないのが明日香だ。
「第一二戦隊転舵。南西へ向かっています」
「命令違反をする気」
「いや、明日香らしい」
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