第一次海戦終了


 反転北上せず南西方向へ向かう明日香の動きに参謀長の沙織は命令違反を知って怒る。

 だが、鯉之助は呆れると共に感心した。

 南西へ舵を切り、バルチック艦隊の背後を回って、時計回りに合流するつもりだ。

 その間に落伍した戦艦と、バルチック艦隊の後方を攻撃して沈めるのだろう。


「まあ、悪くない手だ」


 実際落伍したスワロフと、オスラビアへ砲撃を行い、トドメを刺した。

 次いで、背後に回り、戦艦に続行していたロシア艦隊所属の巡洋艦や駆逐艦への攻撃を行った。

 これは第四戦隊以下の日本海軍巡洋艦部隊の支援攻撃になり、彼らが戦闘に加入するきっかけとなって、多くの戦果を挙げた。

 さらに、敵艦隊の後方へ回り込むと北上を開始。

 最南端から北へ向かって、バルチック艦隊を追い回すように猛追する。

 筑波型は二九ノットの速力を出せる。

 しかも、主砲は戦艦と同じ一二インチで、射程は仰角を引き上げたため、二万メートルの射程を持つ。

 整備不良で速力が一一ノット程度しか出せず、射程も一万メートル以下のバルチック艦隊にとって、どうあがいても敵う相手ではなかった。

 後ろから追撃され、射程外から砲撃を受け一方的にやられる。

 逃げようにも速力が勝っており、逃げられない。

 バルチック艦隊は後方から筑波型の猛追を受け、次々と脱落。

 そこへ随伴していた巡洋艦や駆逐艦が殺到し撃沈、あるいは鹵獲された。

 多くは病院船や給炭艦だが、確実にバルチック艦隊の戦力を殺いでいった。

 また、筑波型の攻撃を見た駆逐艦がパニックになり、増速して逃げ出した。

 そのため、前方で戦っていた戦艦隊の間に入り込むことになる。

 戦艦の動きを阻害し、衝突を回避するため大きく針路を変更させることを強要し、バルチック艦隊の陣形は更に乱れる。

 だが、彼らも無傷では済まなかった。

 連合艦隊の主力による砲撃を受けた上、味方の戦艦が、突如現れた駆逐艦を日本軍の駆逐艦と誤認し副砲による射撃を始め、同士討ちする事となった。


「勝敗は決したな」


 海戦の様子を見て鯉之助は言った。

 最初の三十分、連合艦隊の砲撃で全ては決した。

 三十分の間に、ロシアの主要艦艇は大なり小なり損傷し火災を起こしていた。

 一方、日本側は、三笠が多数被弾、浅間の舵故障以外、大した損傷はなかった。

 ほぼ互角だった戦力は日本側優勢に大きく傾き、ロシア側に逆転の目は無くなった。

 その後、連合艦隊は終日、バルチック艦隊の針路を遮り、砲撃を浴びせ続けた。

 ロシア側はネボガトフ少将率いる第三戦艦隊を中心に、突破を図るが、優速な日本側を振り切る事が出来ない。

 進路変更をする度に、頭を抑えられ、反転することを繰り返した。

 鯉之助も東郷の命令に応じ、終始、ウラジオストックとバルチック艦隊の間に入り、敵の射程外である距離一万を維持して一方的に砲撃。

 次々と撃破していった。

 近づいてきてもすぐに反転し速力二三ノットで距離を置き、射程二万メートルの主砲で常に砲撃の雨を降らせ、バルチック艦隊を血祭りに上げた。





 午後七時半


「砲撃中止」


 東郷は、砲撃を中止させた。

 午後二時の戦闘開始から五時間以上。

 戦闘配置を続け、最早兵員の疲労は限界だ。

 優勢に戦っているため士気は高いが、身体の疲労が激しく、これ以上の戦闘は事故の危険がある。

 切り上げざるを得ない。

 それに小さいながらも損傷がある。


「負傷者の手当と、損傷箇所の修繕を急がせろ。今日の戦いはここまででごわす。あとの戦いは明日でごわす」

「はい、では、待機していた水雷戦隊及び水雷艇隊に夜間襲撃を命じます」


 昼間は波が荒く、視界も良好だったため、小型の駆逐艦、水雷艇は待機していた。


「長官、一段落しました。艦橋を降りられてはどうでしょうか」

「では、少し休ませて貰おう」


 そういうと東郷は、露天艦橋から離れた。

 その後を見て全員が驚く。

 激しい砲撃のため水しぶきを浴びて甲板は濡れていた。

 だが、東郷長官が立っていた場所だけは、靴跡の部分だけが乾いていた。

 昼食後すぐに甲板に上がり戦闘の間、微動だにしなかったのだ。

 そして日没となり、命令を受けた連合艦隊水雷部隊が襲撃を開始した。

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