水雷部隊の夜襲

 夜になると水雷戦隊の襲撃が始まった。

 損傷したロシア艦隊に対し日本の水雷艇部隊は多方向から攻撃を始める。

 昼間の砲撃戦で傷つき陣形が乱れていたロシア艦隊は容赦ない攻撃にさらされた。

 闇夜に紛れ、密かに接近し、雷撃を敢行する。

 勿論、ロシア側も無抵抗ではない。

 探照灯を点けて接近する駆逐艦を見つけ出し副砲を発砲し弾幕を張って追い返す。

 だが、頻繁に行う事は出来ない。

 放つ光が他の駆逐艦を引き寄せてしまうからだ。

 だが、接近したら追い返さなくてはならず、彼らは発砲を続けた。


「味方の連中は派手にやっているな」


 駆逐艦朝霧の艦橋で、第四駆逐隊司令鈴木貫太郎は、味方の襲撃を見ていた。

 発砲炎と探照灯の光を見て、戦友達が激しく戦っているのが分かる。


「もう一隻くらい仕留めたいが」


 昼間の内に鈴木率いる第四駆逐隊は落伍したスワロフに対して雷撃を敢行している。

 容赦のない砲撃により、上部構造物を破壊され、炎上していたが、砲撃だけでは沈む気配がなかった。

 砲撃では戦闘力を奪うことは出来ても、沈めるまでには至らなかったのだ。

 そのため、第四駆逐隊魚雷攻撃を敢行。

 最初は駆逐隊四隻で四本撃ったが当たらず、反転し再攻撃を行い一本命中させトドメを刺した。

 しかし、五本も撃って命中が一発のみ。

 それが鈴木司令には不満だった。


「今すぐ突っ込むか」

「我々の襲撃は九時半以降です」


 艦長が止めに入る。

 十数隻もの駆逐艦、水雷艇がひしめいており、一斉に敵艦に殺到しては衝突事故を起こす可能性がある。

 そのため、部隊毎に襲撃を開始する時間を決め、時間差で攻撃する事にしていた。

 第四駆逐隊は最後に襲撃する取り決めだった。


「じれったいな」


 鈴木司令の言葉を聞いて、艦長は恐れ入った。

 昼間の戦いでは、スワロフの至近距離、ほんの数百メートルまで接近し、僚艦朝潮が被弾したにもかかわらず突撃し魚雷を発射した。

 その前の砲撃戦でも装甲巡洋艦浅間を援護するため至近まで寄り、敵艦隊から浅間に向けて放たれた砲撃のおこぼれを僚艦の村雨が受けて被弾するなど、損害を受けた。

 それでも未だ闘志を萎えさせていない。


「さすが鬼の貫太郎、鬼貫だ」


 訓練が厳しく、徹底している鈴木司令のことを海軍の中では、鬼の貫太郎、鬼貫と呼んで恐れていた。

 しかし、どれも筋が通っており、キツいと言うことはあっても、不満を述べる者はいなかった。

 先の日清戦争で起きた威海衛の戦いにおいて水雷艇の艇長として北洋艦隊の根拠地に乗り込んだだけの事はあった。

 やがて戦闘騒音がなくなり、当たりは静まりかえる。


「皆終わったか、今、何時だ」

「九時半です。鈴木司令、我々の時間です」

「よし、襲撃する。戦闘! 敵残存艦隊を襲撃する! 攻撃運動に入れ! 両舷全速前進!」

「宜候!」


 機関を全開にして襲撃に向かう。

 しかし、捜索しても敵艦隊を発見できない。


「敵艦隊は何処だ」

「バルチック艦隊は北のウラジオストックに向かっているはずですが」

「敵影見えず。全く見えません」

「追い抜いてしまったか」


 大型艦に比べ駆逐艦の速力は速い。


「反転! 南に向かうぞ!」


 鈴木は引き返すよう命じるが見つからない。

 変針したと思い東に向かうが、見つけられずにいた。

 しかも不運は重なる。


「司令、村雨より信号。浸水増加。続行不可能、とのことです」


 昼間の損傷で浸水が激しくなったようだ。

 今日は波が高く、航行するだけで難儀している。

 座乗する朝霧も激しい波により、艦橋の手すりがへし折られてしまっていた。


「やむをえない。対馬の三浦湾へ退避するよう命じろ」

「はっ!」


 三隻に減ってしまった。

 だが、それ以上に敵艦を襲撃したい。

 鈴木司令の願いはむなしく見つけられなかった。

 しかし、日付が変わった午前二時頃、見張りが叫んだ。


「前方に艦影あり!」

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