第二戦隊奮闘す
「いかん、このままでは敵艦隊を取り逃がす」
第一戦隊に続行していた第二戦隊の上村中将はバルチック艦隊の動きを見て、南東方向へ向かうのはスワロフが航行の自由を失ったためと正しく判断した。
その証拠に、残りの艦は北西へ進路を変えようとしている。
このままではバルチック艦隊は第一戦隊をすり抜け、ウラジオストックへ逃げられてしまう。
東郷が劣っていたためではない。
スワロフの動きを注視しすぎて全体が見えなくなった。
バルチック艦隊が、被弾による火災の煙と自らの砲煙により隠れてしまった上、追い越したため距離が広がり三笠から見えなくなっていたのも大きかった。
丁度バルチック艦隊の前に出た第二戦隊に座乗した上村には、バルチック艦隊の動きがよく見えた。
バルチック艦隊の主力が自分達の方へ向かってくることも。
「第二戦隊、このまま並走し、敵艦隊の頭を抑える。第三戦隊にも続行するよう指示しろ」
上村は独断で第二艦隊に直進を命じた。
敵艦隊の針路を塞ぐためだ。
バルチック艦隊のウラジオストックへの道を断ち切ることがこの海戦の目的だからだ。
だがそれは第二艦隊が敵艦隊の矢面に立つことを意味する。
「一歩も退くな! 撃ちまくれ!」
だが上村は怯まず部下に攻撃を命じた。
激しい砲撃をバルチック艦隊へ浴びせる。
だがバルチック艦隊もやられっぱなしではない。
すぐさま反撃、激しい砲撃の雨が第二戦隊に降り注ぎ、被弾する艦が続出する。
「耐えろ! 第二戦隊! 第一戦隊が戻ってくるまでの辛抱だ」
第二艦隊には厳しい戦いであるのは分かっているが上村は命じた。
戦艦を中心とする第一戦隊は、バルチック艦隊、その主力艦である戦艦を撃滅する為の艦隊だ。
だが、戦艦の性能は日露共にほぼ同等。
取り逃がしたとき、追いつくのは至難だ。
実際、黄海海戦では逃げるロシア艦隊を追撃して危うく取り逃がしかけた。
そこで、速力が速い装甲巡洋艦を中心とする第二戦隊が加わえられた。
装甲巡洋艦は、文字通り装甲を張られているが、速力を出すために装甲が戦艦の九インチより薄い七インチしかなく敵戦艦の主砲に耐えられない。
主砲も戦艦の一二インチに対して八インチと小さい。
しかし、日本海軍は他国の装甲巡洋艦より近代化し、準主力艦として海戦で戦えるよう整備した。
そのため、第一戦隊に続行し、主戦力として使われることになった。
万が一、敵を逃した場合、速力を生かして、敵艦隊の針路の前へ飛び出し、第一艦隊が来るまで妨害する役目を与えられていた。
だから日本の装甲巡洋艦は戦艦に準ずる性能を誇り戦艦の代わりになるよう建造された。
「撃てっ」
第二戦隊は、役目に従い、東郷の命令を無視して並走を続け、バルチック艦隊の正面に立ち、砲撃を開始した。
当然バルチック艦隊も反撃する。
猛烈な砲撃により、第二戦隊には砲火が集中する。
「怯むな! 耐えろ! 第一戦隊が戻ってくるまで耐えるんだ!」
上村は叫んだ。
東郷が戻るまで支えるのが、第二戦隊の役目だ。
既に東郷は自身の判断ミスを悟り、第一戦隊に一斉回頭を行わせ、北へ向かっている。
もう一度、今度は西へ回頭して、第二戦隊の背後に回って貰うまで耐えれば良い。
後続の第三戦隊も砲撃を開始した。
日進、春日を始めとするイタリアのジュゼッペ・ガルバルティ型で編成されているが、戦力的に第二戦隊と遜色はない。
だが、バルチック艦隊の砲撃は激しく、突進は止みそうに無い。
先頭を走るボロジノが第二戦隊の後方、第三戦隊との境目に入ろうとしている。
「拙い」
分断されると思った上村は、顔を引きつらせた。
だが、突如先頭を走るボロジノが大爆発を起こした。
「何が起きたんじゃ」
いくら八インチ砲でも、戦艦を貫くことは出来ない。
第一戦隊は回頭中で射撃は出来ない。
その答えを、左舷側、北の方角を見ていた見張員が大声で叫んだ。
「後方より義勇艦隊接近! 海援隊です!」
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