大打撃を受けるバルチック艦隊
「船体、各所に命中弾!」
「左舷中央部、被弾! 負傷者多数!」
「後部で火災発生!」
「消火急げ!」
連合艦隊の集中砲撃を受けたスワロフの船体に多数の砲弾が命中。
連続した爆発が起こり、阿鼻叫喚の地獄となる。
各所で火災が発生し、もうもうと煙を噴き上げる。
「日本軍は徹甲弾ではなく榴弾か徹甲榴弾を使ってるようだな」
被害報告を受けたロジェストヴェンスキーは呟き、幕僚が同意する。
「はい、爆発により死傷者が続出です。しかも手すりに触れただけで爆発します」
「まさか」
ロジェストヴェンスキーは一笑に付そうとした。だが、その時、目の前を砲弾が横切った。
そのまま右舷の海面に落下すると思われたが右舷の手すりに触れ爆発した。
爆風が装甲塔のスリットから入り込み破片が飛び込む。
「ぎゃっ」
運良くロジェストヴェンスキーは避けたが不運な幕僚の一人の腕を切り裂き、傷口をぱっくりと開く。
「士官室へ送れ」
参謀長が指示し負傷者は臨時の治療所となっている士官室へ運び出される。
そして、落ちた破片を参謀長が拾いロジェストヴェンスキーに見せた。
「見てください、この破片、カミソリのように鋭い。しかも、爆発したときの威力が半端ではありません」
外を見ると、爆発した箇所、右舷側が火災を起こしていた。
水兵達が消火に当たっているが火の勢いは衰えそうになかった。
「これが旅順の連中が言っていたチェモダニか」
旅順では雨のように日本の砲弾が降り注ぎ、その大きさからチェモダニ――ロシア語で旅行鞄と呼んでいた。
日本側の新兵器である下瀬火薬と、伊集院信管によるものだった。
本来、通常艦隊戦で使われる徹甲弾を日本海軍は作り出したかった。だが装甲板にぶつかったとき、壊れない弾殻を作り出せなかった。そのため、次善策として、下瀬火薬と伊集院信管を使った榴弾を使用した。
ピクリン酸を原料とした下瀬火薬は高温を発する上、それだけで焼夷効果があった。
伊集院信管は感度が良く、手すりに触れただけで爆発する。
船体に少しでも触れれば爆発。炸裂した途端、高温を伴う強烈な火薬ガスによる爆風が吹き荒れる。
火災が発生し破片が、乗員を襲う。
下瀬火薬が生み出す高温は、甲板に並べられた石炭だけでなく、塗料さえ燃え上がらせた。
その威力をまざまざと見せつけられた。
しかも、各艦の甲板にあウラジオストックの石炭不足を考慮して大量の石炭が置きっぱなしとなっており、大火災の原因となっていた。
「恐ろしいものだな」
だが、被害はこれで終わりではなかった。
バルチック艦隊を追い抜いた連合艦隊は、左に舵を切り、囲むように砲撃を行う。
距離は五〇〇〇をきり、一番口径の小さい7.62サンチ速射砲さえ、砲撃に加わり砲弾の雨がスワロフに降り注ぐ。
その最中、スワロフの艦橋左側に一二インチ砲の命中弾が発生し、爆発を引き起こした。
爆風は、装甲塔の入り口から中へ入り込み、装甲塔の中を吹き荒れた。
爆風に巻き込まれたロジェストヴェンスキー提督は、煽られ転倒し負傷する。
「大変だ! 司令長官が負傷された!」
「意識が無い!」
「後続艦に伝えろ! フェルケルザム少将にも伝え指揮系統を維持しろ!」
すぐに指揮権を継承させようとしたがダメだった。
第二戦艦隊旗艦のオスラビアはスワロフに次いで、砲撃を受けており、損傷が激しく指揮どころではなかった。
しかも、フェルケルザム少将は、海戦の直前、病死していた。
この事実は艦隊に乗り込む乗員の士気低下を恐れて、一部を除いてバルチック艦隊各艦にロジェストヴェンスキー提督は伝えていなかった。
そのため、一時、指揮官が不在となる。
さらにスワロフは砲撃を受け、舵が故障、右へ転舵してしまう。
この動きを見た二番艦のアレクサンドル三世の艦長ブフウオトフ大佐は、すぐに故障であると見抜き、後続艦に続くように伝えた。
しかし、スワロフの転舵により先頭に出てしまったアレクサンドル三世に砲撃が集中。
アレクサンドル三世も損傷が激しくなり、列を維持できなくなり列外へ出る事になる。
次いで先頭に出た戦艦ボロジノ艦長セレブレーンニコフ大佐は、左に転舵した。
連合艦隊の後方へ向かい、通り抜けてウラジオストックへ向かおうとした。
「敵艦隊が東へ向かいます」
「面舵、逃がしてはなりもはん」
スワロフとオスラビアの二隻が東に向かうのを見て、敵艦隊が南へ向かう、と東郷は考えた。
そしてバルチック艦隊の頭を抑えるため、連合艦隊を南東へ向かわせようとした。
しかし、後方の艦隊は逆に北西へ逃れようと、連合艦隊の背後に向かい、ウラジオストックを目指そうとしていた。
第一戦隊はバルチック艦隊とすれ違い、バルチック艦隊の逃走を許すような形となってしまった。
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