日本の鉄道事情
日露戦争開戦を日本が決断した理由の一つがシベリア鉄道だった。
ロシアは広大な領土に比べて交通網が貧弱だ。
広大なシベリアは大河とその間に敷設された小さな道路だけで結ばれている。
こんな貧弱な道路でも勢力下に置かれたのはシベリアに住む民族が少なく、比較的温厚だったからだ。
更に南に下がり草原に出たら勇猛な蒙古族と戦う羽目になり、進出できなかっただろう。
広大な大地を踏破できたのはシベリアの大河とその間の小さな道のお陰だった。
しかし、この状況をロシアは良しとはせず、輸送力を改善する為にシベリア鉄道を着工した。
そして一九〇四年はシベリア鉄道開通目前で、バイカル湖の迂回線を除き通れるようになっていた。
開通すればロシア軍の主力が駐留するヨーロッパから大軍がシベリア鉄道経由でやって来る。
その前に満州とシベリアのロシア軍を叩く。
それが日本を開戦に走らせた理由の一つであった。
もう一つの理由は、極東におけるロシアの海軍の拠点は旅順とウラジオストックの二箇所に別れているためだ。
ウラジオストックは北京条約が結ばれた一八六〇年以降、ロシア領となった港町だ。
だが、冬季は結氷するため一年中使用するのは不可能であり、冬の間はロシア艦隊は氷を避けて上海や日本に寄港していた。
そのため三国干渉の後、清から旅順を借りて艦隊の母港としている。
しかし、補給上の不安があり、ウラジオストックにも巡洋艦四隻を主力とする艦隊を在泊させていた。
ウラジオストックの艦隊が動けない間に主力である旅順艦隊を撃破することで戦争を優位に展開しようというのが日本の思惑だった。
「関釜鉄道連絡船は?」
日本国鉄は下関と釜山の間の対馬海峡に鉄道連絡船を配備しており、半島との連絡、朝鮮鉄道との接続に使用していた。
戦争となった今では、重要な分隊の移動経路である。
「無事に航行していますよ。戦時になって輸送力が追いつかないほどですけど。しかし標準軌を採用しておいて良かったですよ。車両渡船で車両ごと積み込めないと手間が掛かります。大陸でも日本と同じ車両が使えて便利です」
日本の鉄道は当初日本の急峻な地形を考慮して建設費が安く、短い期間で建設できる一〇六七ミリの狭軌が最初は採用された。
当時は、建設費が安く経済的と考えられていた狭軌が流行した時期であり、イギリス人技師も異論は唱えなかった。
だが大陸の鉄道は国際標準軌一四三五ミリであり、日本の車両を大陸に持ち込めないし、大陸の車両を日本に持ち込む事は出来ない。
それを憂いた龍馬が改軌を提案し、実行させた。
狭軌を採用した大隈重信が反対したが、龍馬が改軌に必要な資金をあっという間に集めて事業化してしまい、結局前言を翻し許している。
その資金は鯉之助の株式投資で出た利益とその信用でニューヨークやロンドンで売りまくった債券によるものだったが、完成後の利益が投資の数十倍、その後の日本の発展を考えれば数百倍に増えた。
かくして日本の幹線は全て国際標準軌で統一された。
海外、特にアメリカから大量に機関車と貨車、客車を購入し営業に使う事も出来た。車両の国産化を目指していた一派は面白くなかったが物流を増大させ、日本の発展が飛躍的に早まったのは、鯉之助の功績だった。
そして収入が大きくなり、需要が高まったお陰で車両が大量に必要となり輸入だけで無く国産で賄う必要が生まれた事もあり、皮肉にも、結果的に日本の鉄道車両の国産化を大きく進めることになった。
標準軌に統一された事により標準軌で建設されている中国大陸の鉄道との接続も問題無く行えるようになり、車両の台車を交換する必要も無くなった。
その利便性は既に証明された。
後年、電車を走らせるとき、モーターを台車に取り付けるのだが標準軌の場合、台車が大きいため強力なモーターを取り付けることが出来、実用化を大いに助ける事になる。
「航路安全報告の発信元は第二義勇艦隊か?」
海援隊は、日露戦争開戦にあたり、所属艦艇を第一義勇艦隊と第二義勇艦隊に分け海軍に派遣している。
海援隊第一義勇艦隊は鯉之助が指揮する艦隊で、旅順沖に展開する日本海軍連合艦隊主力と共に作戦行動を行い支援することが命令されていた。
一方の海援隊第二義勇艦隊は、日本海軍第三艦隊の支援、沿岸航路の防衛、具体的には対馬海峡の制海権の確保、ロシア巡洋艦による商船攻撃を阻止するのが任務だった。
「はい、敵は恐れをなしているのか攻撃してきません」
「開戦したばかりだし、ウラジオストックは結氷期にあるからな」
旅順艦隊は封じ込めたし、仁川の巡洋艦ワリヤーグは撃沈し、ウラジオストックの艦隊は氷に閉ざされており、通称破壊に出られる状況では無い。
砕氷艦を使っても出撃には数日は必要なはずだ。
「ひとまず理想的な状況ではあるな」
大日本帝国の安全保障上、朝鮮半島を勢力下に置く事が死活問題となっている。
朝鮮半島に軍隊を送り込みこれを維持するためには対馬海峡および半島沿岸部を日本の勢力圏下に置く必要がある。何より満州においてロシア陸軍を撃滅するためにも海上交通路は確保する必要がある。
そのために開戦劈頭でロシア太平洋艦隊を抑え込むことが出来たのは幸運だ。
「このまま優勢が続けば良いな」
鯉之助は願いを口にしたが、それが願望である事も承知しており、今後起きるであろうロシアの反撃を考えると気が重かった。
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